2006-12-29
2006-10-06
経済成長は誰のためのものだろうか?
久しぶりの更新「子豚のしっぽ」です。夏から秋へと季節は移り、子豚ページは7、8、9月をスルーしてしまいました。まだちょっと忙しいので更新ペースは遅くなるだろうと思いますが、これからもよろしくお願いいたします。
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近所のスーパーで夕食の買い物をする。台風の影響で強い雨ということもあり空いている。もっとも、近隣の大型店進出で商環境は良くないこともあると思う。
郊外の大型店立地は元々はモータリゼーションと大量仕入れ=グロス販売によるビジネスモデルだけれど、広大な商圏という背景がないこの国に於いては過当競争を強いるだけで個人商店を廃業に追い込んだり商品の価格が上がったりと、コンシュマーにとっても良いことばかりではない。ましてや、そこで働く人々にとっても。
売れなくなるとどういう事が起きるのか。
経営は数値・指数で判断する。特に交差比率を改善することを迫られる。在庫を減らす。商品の質を落とす。人を減らす(正社員を減らし非正規雇用を増やす)。売り場面積を減らす、等々「減らす」ことばかりが要求される。
そして精神論でもって志気を高めようとする。このスーパーではないけれど、以前私が見たのはバックルームに社員一同が集合して鉢巻きを巻いて「がんばるぞー、目標達成!」と気勢を上げるというものだった。
そして利益率の高い商品、例えば米国産牛肉などが店頭に並ぶことになる、近い将来に。
それを家族の、夫や子どもたちの食事を作る主婦(主夫)たちがどう受け止めるのか?
デフレへの誘導(所得移転)と規制緩和(制度変更)の目的が「暮らすこと=働くこと=育てること」に与えている悪影響は決して小さいものではあるまい。
(好景気だという。しかし、慎ましく生活する人々に豊かさをもたらさない経済成長とは一体、誰のためのものだろうか?)
2006-05-31
見えざる手のひらの上で
それは理想論(=書生論)だ、と言う時の現実論者が忘れているのは、理想と現実のギャップを感じながら妥当なところで営まれている「暮らし」ではないだろうか?
そういう曖昧なところを二元論で単純化すると元気になる政治家、会社経営者、あるいは評論家な人達をテレビで見ていると気が滅入る。
ただし、そういう配役はカモフラージュではないかと私は疑っている。
語らない多数派の凪いだ水面に投げ込まれる石ころが波紋を広げたところで、前述のデータマイニング等で「政策マーケティング」された新たな劇場が知らないところで粛々と用意されているのだと思う。
そしてそれらはワールドカップの実況や大きな事件の報道やどうでもいい話題の合間に埋め込まれて、人々の記憶の底に埋もれて気が付いた時には取り返しがつかない既成事実になるように提供される。
そのような方法で「暮らし」は切り取られ、ささやかな地域社会や連帯、親と子の絆さえもが壊されて行き着く先は、選ばれた(誰に?)ほんの一握りの人々のための「地上の楽園」なのだろう、か…。
Fxxx You !!
2006-01-10
I don't know...
朝の「子豚のしっぽ」です。雲で覆われた低い空のところどころから明るくなってきました。コーヒーを飲みながら、溜まりに溜まったメールとニュース(RSSリーダ)をチェックしています。
たこあげも羽根つきもない正月。近所の手前桜公園はいつにもまして静かですがサザンカの花が満開です。時たまヒヨドリがやってきて短く歌ったかと思うと、どこかに飛んで行きます。
ここのところTVを見なくなりました。最近はつまらないよねぇ〜とつい先日会った友達も言っていました。同じ顔ぶれが同じネタの繰り返し、あるいはキレ芸ばかりでは早晩飽きちゃいますが、「あははは」と笑い声が聞こえてくるのはTVだけっぽい、そこにオートマチックにシンクロさせられるテクニックには感心します。
しかし「何故つまんない?」かはうまく言えない。
2005-07-25
メモ:郵政民営化
紺谷典子さんの「郵政民営化は権限の私物化 - 賢者に備えあり」より。
- 郵政の民営化が必要だとする理由はクルクル変わってきた
- 財投改革→郵政の資金が財投に回る仕組みはなくなっている
- 公務員削減で小さな政府→職員の給与は事業収益で賄われているので公務員は減らせても国の経費は減らせない
- 民間企業になれば税を納める→公的事業として必要性があるかないかを論点にすべき
- 便利になる→公社のままでも十分に可能なサービスがある
- 初めから論理破綻
- 資金源を断つことで財投を効率化→もうひとつの資金源である年金を不問に付したまま。直接財投を改革し、天下りやファミリー企業の問題を解消する方がずっと確実で効率的
- 疎地や小口のサービスを補助金で維持する→国の経費が増える
「よく分かる郵政民営化論Blog版」よりエントリ『官から民への「民」は「米資本」ではないのか!?』で、内橋克人さんの『官から民への「民」とはだれか 国民問うべき(郵政民営化すれば本当にいい世の中になるの)』より。
- 小泉政権の四年間
- 規制緩和、構造改革→働く側の自由は削り落とされ、働かせる側の自由が拡大
- 『官から民へ』→社会の共通基盤であったものを株式会社化して巨大企業にビジネスチャンスを与え、それを経済の活性化につなげるという論理
- 市場原理主義
- 郵貯・簡保の資金を民(間企業、産業界)に回せば、経済が活性化→東証一部上場企業は80兆円の巨額の現ナマを預金として遊ばせている。しかも16兆円ずつ毎年増えている状況では空論。郵貯・簡保の資金の使い道は政治が決めればいい
「(改革の)権限もチャンスも手にしながら、年金民営化に1度も取り組もうとしなかった…税を払っていない小泉内閣も、民営化なさいますか?(紺屋さん)」「(郵政民営化が)あたかも国民的利益になるかのように語られているのは真実ではありません(内橋さん)」とも。
かけがえのない公共益と郵貯などの約340兆円はイラクの石油(最近、決済がユーロからドルになったそうです)のように、経済封鎖や爆撃はないけれど、ここでも同じ事が繰り返されていると確信する。その実行者(と取り巻き)がいまだに国民的人気があるというならば、これ以上のコメディーは誰にも書けないだろうなと思う。

