経済成長は誰のためのものだろうか?
久しぶりの更新「子豚のしっぽ」です。夏から秋へと季節は移り、子豚ページは7、8、9月をスルーしてしまいました。まだちょっと忙しいので更新ペースは遅くなるだろうと思いますが、これからもよろしくお願いいたします。
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近所のスーパーで夕食の買い物をする。台風の影響で強い雨ということもあり空いている。もっとも、近隣の大型店進出で商環境は良くないこともあると思う。
郊外の大型店立地は元々はモータリゼーションと大量仕入れ=グロス販売によるビジネスモデルだけれど、広大な商圏という背景がないこの国に於いては過当競争を強いるだけで個人商店を廃業に追い込んだり商品の価格が上がったりと、コンシュマーにとっても良いことばかりではない。ましてや、そこで働く人々にとっても。
売れなくなるとどういう事が起きるのか。
経営は数値・指数で判断する。特に交差比率を改善することを迫られる。在庫を減らす。商品の質を落とす。人を減らす(正社員を減らし非正規雇用を増やす)。売り場面積を減らす、等々「減らす」ことばかりが要求される。
そして精神論でもって志気を高めようとする。このスーパーではないけれど、以前私が見たのはバックルームに社員一同が集合して鉢巻きを巻いて「がんばるぞー、目標達成!」と気勢を上げるというものだった。
そして利益率の高い商品、例えば米国産牛肉などが店頭に並ぶことになる、近い将来に。
それを家族の、夫や子どもたちの食事を作る主婦(主夫)たちがどう受け止めるのか?
デフレへの誘導(所得移転)と規制緩和(制度変更)の目的が「暮らすこと=働くこと=育てること」に与えている悪影響は決して小さいものではあるまい。
(好景気だという。しかし、慎ましく生活する人々に豊かさをもたらさない経済成長とは一体、誰のためのものだろうか?)

