忘却の装置
「球団が残ってくれれば(ダイエーという冠が無くても)よい」─企業スポーツの立ち位置がこの言葉で分かる。
自主再建か、このために用意された機構入りかの数日間の迷走ぶりを見ていると、ダイエー側に対して「道徳」という言葉(商道徳にもとる)が経済団体首脳から発せられて合点がいった。
誰かが責任をとっては駄目なのだ。忘却の装置は用意されているのだから。
表舞台は親会社と銀行団、舞台裏では経産省と財務省の「失われた15年」バブルのツケの押し付け合いに、野球ファンならずとも同じように「どうでもよい」とは言わないだろう。
これから「身売り=いいとこ取り」されるのは、とどのつまりは私、あなたの暮らしなのだ。

