そして一体どうなるのか
お昼時の「子豚のしっぽ」です。
何気なくTVニュースを見ていますと、ふと、いつ頃から株価ニュースを一喜一憂のように日常的に見るようになったのかな?と思いました。ま、おそらく公共放送の始まりと共に「今日のニュース」メニューに入っていたのでしょうが、個人的には80年代後半・バブル絶頂を今まさに上り詰める時だったと思い当たります。
当時、子豚が勤めていた会社でも株式の店頭公開うんぬんで手持ちの株が公開されれば額面の100倍(いや1000倍だ!)ぐらいはなる、などと同僚と話していたのを思い出します。(ただし、それは退職時に持株会が買い取るという話で、でした)
ま、時は流れまして株価低迷・供給過多のデフレ下にあるわけですが、ここのところの株価上昇をアナウンサーさんが嬉しそうに伝えています。が、ここではたと考えてしまいます。
そして一体どうなるのか、と。
思えば、死んだ私の父親は株には絶対に手を出すな、こつこつ働くんだ、というようなことを言っていたのを子供心に微かにですが思い出します。また、池波正太郎さんの青年期の回想など読んでも、当時、株をする者は全くといっていいほど信用されていなかった、ということがあったようです。
ま、時は流れてまして(お、II-V!)だれでも投資家然とした経済の話が出来るような世の中ですが、まことに早計ですがこのまま株価が上がったとしてどうなるのかを考えてみると、今までに私たちが手放したもの、例えば「安定した雇用」「労働分配率」「福利厚生」「福祉」が戻ってくるのか、といえば私の考えでは「No」となります。
一例では某銀行の業績で見ると本業の利益を圧迫しているコストのほとんどが従業員の給料だと見れば、これを「市場価格」で再調達しなければならない、といった見方からすると「高失業率」は経済成長の前提だということにもなる。
また、消費税引き上げを提言する某経済団体では付加価値の低い高コストな産業、たとえば農産品などは調達コストの低い海外から輸入して無くせばよい(農業従事者はほかで働いてもらえ)ぐらいのことを言っている。
ニュースで若者の高失業率や常態化した300万人失業から不況を読み解くごときニュースを見るに付け、私は腹立たしくなります。
これらが「構造改革」の中身だと私は思います。
旧ソ連のジョークに
#西側の国は何でも援助してくれる
#しかし彼らは敵ではないですか
#いや、彼ら自身が自分の首を絞めるためのロープも持ってくるさ
というのがあったように思います。大変人気があるという指導者の下で有事法、個人情報法が成立して自衛隊の常態的な海外派兵にこぎ着けようとしながら「改革路線は微動だにしない」と宣言する。構造改革は更に進むのでしょう。
そして、一体どうなるのか?

