灰で縄をなう知恵
灰で縄をなう知恵を息子に教えて助けたのは年老いた母だった、という昔話が私は好きです。
情報伝達がいくら発達してもパソゲーのように「経験値」が上がる訳ではないのがヒューマンビーングであろうと思われます。
また、実際の体験は一時の成功も失敗も何でもないことも、ある時にはその逆にも、また得難いものにもなり得るのであるとも思われます。
「世代論」の不毛なところはそういった一人一人の違った顔、体験をのっぺらぼうな記号に変え、ともに生きることの動機というようなものを棚上げしてしまうことだと私は思います。
これは多様性よりは単一性に、個々の幸福よりは公の価値観へと、この手の政治的指向を持つ方々には大変都合がよいのだろうと私は想像します。
引退勧告に「政治的テロ」といった中曽根康弘さんのことばは、その辺のことをいみじくも言い当てているように私には思えます。
昔こっぽり、てんぽろりん。

