心の有事
おやつ時の「子豚のしっぽ」です。コーヒーを飲みながら子豚中ですが、先ほどからごろごろと雷鳴が聞こえます。春と夏の区切りに強い夕立が来て土の香りがきつく辺りに漂うと「夏になるのだなぁ」と、毎年の事ですが思います。そういう季節の区切りがそろそろやって来そうです。しかし、こういう空模様にパソパソというのはちょっとコワイでございます。お、結構強い雨が降ってきました。
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どこで見聞きしたのかは思い出せませんが、子供達を3つのグループに分けて、
- Aグループには何も教えない。
- Bグループには法律で禁止されているのを教える。
- Cグループには様々なデータ・実例を元に討議させる。
としてどのグループがドラッグに手を出す人数が多いかを追跡調査した、ということです。結果は…
- A、Bグループに対してCグループはほとんどがドラッグ未経験
- A・Bグループについてはそれほど差はない。半数以上がドラッグ経験者
…だったそうです。
それぞれの意見を出し合い同世代の麻薬問題をグループで考えることの有効性と共に法律というものもそのように共有意識を育てなければ非行を思いとどまらせる力たり得ないな、と私は思いました。
それは「共同体=社会」にもそのまま当てはまるだろうと私は思います。残虐な少年事件が起こるたびに、私たちの心の中に築き上げなければならない共同体意識がいまだに弱々しいものであると私は感じます。
そういうことと合わせて、年間3万人が自殺していることも考えると命の重さを見失っているこの社会は「心の有事」にあると言っても差し支えない状況だと私は思います。
鴻池祥肇さんは「(罪を犯した少年の)親は市中引き回しのうえ打ち首にすればいい」と言ったそうですが、そのような「見せしめ」でしか社会の平静を保つことが出来ないとしたら、確実にこの社会は死んだということだろうと私は思います。
ニュースを見ていると被害者の親御さんとともに自分の子供が加害者になってしまった親御さんの苦しみもくみ取る言葉を多く聞きます。罪は償わなければならない、しかしこのことを一人一人が背負わなければならないという認識に立たなければそうは言えないだろうと私は思います。(つづく)
ps1:森前総理「神の国発言」で神道政治連盟という団体があったのを思い出して、思いつきで調べてみたらWeb Siteの名簿に鴻池祥肇さんが載っていました。なるほどな、発言の背景はこういったところもあるようです。
ps2:長崎県中央児童相談所の川原ゆかりさん「見せしめの制裁からは恐怖以外のなにも生まず、(鴻池氏の発言は)魔女狩りのようなもので、体が震える」
ps3:きょうのニュースステーションのインタビュー「あなたこそ打ち首になりなさい。大臣たる者の言葉ではない」キッパリとお父さん。

