鵺(ぬえ)
子豚3-25がヒソカに加筆されました。(つづき)少し暖かくなったせいか、食後横になったらあっという間に寝てしまいました。
手前桜公園でモンシロチョウを今年初めて見ました。チョウの白とタンポポの黄色の組合せは絶妙だなと思います。手前桜はここ1、2日ほどで咲き出しそうです。
アメリカではなぜ銃犯罪が多いのか?映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」アカデミー賞受賞式で吼えたムーア監督の問いかけです。
恐怖と武器の関係で思い出すのは2001年の幕開けに起こったカリフォルニアでの大規模停電です。送電が止まり街が夜の闇に沈む時に、市民は銃を買いに走ったそうです。
夜の闇、犯罪が多発するかもしれない、自分が襲われるかも知れない、自衛のために武装する、ピストル、ショットガン、ライフルを買う、という連想が思い浮かびます。
最近はきな臭さを通り越して日本の核武装や巡航ミサイル・トマフォーク配備が話題になったりしますが、私たちの夜の闇にもいい知れない不安があるとすれば、その正体は一体どのようなものでしょうか。
「鵺(ぬえ)」という妖怪をご存じですか?邪悪で強力、不吉な妖怪で、その姿は「頭が猿、胴が狸、手足が虎、尾は蛇」だといいます。
滅茶苦茶な姿のこの怪物こそ、私たちのこころの中に積もり固まった「妄想」の姿だろうと私は思います。妄想とは根拠がないもの、経験や論理では分析ができない信念のようなもの、です。
いま報復兵器購入を「検討に値する」といった根拠とはどういうものなのでしょうか。
東アジアの緊張を冷戦の残滓と見れば、欧州での冷戦の終結が示したようにこれを終わらせたものは武力ではなく経済だったのであり、いち早くソ連を解体して対立から共立へと梶を切ったゴルバチョフが冷戦の真の勝者だった、と見れば、この闇も一様に真っ暗闇ではないと私は思えます。
政府はアメリカ追従と見えますが決して「好いてはいない」だろうと私には思えます。東アジア(あるいは世界)に目を移しても同様と思われます。
しかし、注意したいのはこの国に対するルサンチマンがいつでも「反米」から「反日」に向きを変えうることです。
今日の武装論議が、かつての国家主義とは違った鵺を目覚させようとしているのでしょうか。それには蛇の尾の先に嫌米感情が継ぎ足してあるような気がしてなりませんが、いうまでもなくアメリカ自身も一様ではないとはっきり分かって来ています。
妖怪は一般的に人の唾(唾液)に弱いそうです。「眉に唾を付けて見る」とは、昔の人は良い知恵を伝えてくれたなと私は感謝しています。
後記:例によってとりとめのない子豚文章で申し訳ありませんがこのままにしようと思います。
脈絡の切れ切れに闇が広がって妖怪が潜んでいるような気がします。敢えてこれらを追い払うことは有益ではない、と思えるからです。

