宮崎ロッド・Prime Time バンブーロッドPiggy's Tail

2002-12-17

平和とは人間の生き方

平和とは人間の生き方」─11/18子豚でご紹介したI・イリイチ著「シャドウワーク/生活のあり方を問う」の第一章です。

適当な訳語がないのですがイリイチは「バナキュラー(その土地、地域、文化に根ざした価値を持った、といった意味か)」や「コンビビアリティー(互いに充足しあった共生、といった意味か)」「ジェンダー(文化的な性差、といった意味か)」といった価値観から産業経済社会の行き過ぎに批判を加えてきました。

人間はどこに向かって進化しているのか?を考えると「ホモ・サピエンス」は「ホモ・エコノミクス(経済人間)」になったというイリイチの仮説から見えてくることは上記しました3つの概念の後退を意味する、と考えることが出来ます。

そこで前面に出てくるのは「希少性」という概念ですがそれは経済的な価値を高めながら、ありふれた(皆が等しく享受できる)ものを囲い込み駆逐して行く働きがある行為・計画・戦略を取りながら産業経済を押し進める、というように働きます。

したがって、そのような社会では財(あるいはサービス)は専門家の手に委ねられ、生活のあらゆる局面で他者の手を借りなければ生きて行けない「経済人間」にヒトを貶める、ヒトの自立と自存を奪い「いつも満たされることがない」という一個の性別のない「経済単位」を再生産するようになるのです。

この考え方を応用すると色々なことが見えて来るようです。たとえば「男と女の権利の平等」を考えると、いくら法律でそれを達成しようとしても産業経済社会という「モノ・セックス社会」を温存しながらのそれは新たな経済単位への「囲い込み」であり、宇宙的な意味を含めた「女」「男」の復権には遥かにほど遠い、となるのでしょうか。

ではどうすればいいのか?ですが、産業経済を後退させることが必要になるというのがおぼろげな答えではないかと私は思います。生産性を後退させ、自立と自存を取り戻す、ちょうど電気製品の「プラグを抜く」ように過剰な財(サービス)をアンプラグドして行く。「希少性」を「ありふれたもの」に取って変えてゆくこと、ではないかと思われます。

「ありふれたもの」の最たるものは平和であると私は思います。

追記:きのう、夕食の買い物に行ったスーパーのポリ袋「イエローカード」が真新しい「ピンクカード」に変わっていました。うーむ、関係者がココを見ているのかな?まさかねぇ〜

Posted by TM* at 2002-12-17 19:46 in 暮らしの周辺 » 雑感 | English | Permalink | 
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