既得権益
にわかサッカーファンの「子豚のしっぽ」です。道頓堀川・戎橋から延べ900人が川へダイブ、1人が足に怪我!アホなコトするわいぃ、ササもてこい!とちょっと関西テイストで子豚もここTokioからピピッと電波を送らせていただきました。
川へのダイブを法律で規制できないかと、関係方面が「ダイブ」論議したようですが恐るべし!あと3回これが続いたら首都方面にも「戎橋」を作らねばバランスが取れん!などという議論は、まぁ起きたら面白いな。
ここ当分はいろいろなニュースをサッカーに例えることが続きそうなようです。「お祭り騒ぎ」の影で、さしずめ、混迷するこの国の政治・経済の状況は「司令塔不在で迷走中」とでもいえそうです。
経済関係のTVニュース特番の中で「何(どのような政策)が景気回復にとって必要か」の問いに「政権が変わることだ」とミスター・YENと呼ばれた元財務(大蔵)官僚が言い放ったのには、正直いって私は驚きました。
しかし、サッカーではチーム成績が不振だと即、監督交代があたりまえのようです。「永久名誉監督」などもないと思います。そもそもサッカーには「既得権益」が無いのですから。
ものを言うのは結果であって、チームを強化して早くに勝利をもたらすことが彼(監督)の仕事です。勝利がないということは「契約違反」というわけです。
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「構造改革を阻止する抵抗勢力は、自民党でもぶっつぶす!」という言葉と小泉内閣発足から1年以上が過ぎました。構造改革の道筋はすでに見えていなければならないのですが、既得権益を崩すことはおろか、最近では郵政民営化議論のように政権延命的な「利害調整」が目に付くようになったようです。
この問題の核心の一つは郵貯の「財政投融資」という既得権益なのですが、議論の方は「民営化して小さな郵便局を潰してはならない」という風に構造改革論議を見事に隠蔽しています。
「天地人」というように—勝利には天の時、地の利、人の和といったようにそれらはある一時、手が届くようなところにあったのだと思います。それを捕まえることができたのか、できなかったのか。「新しい歴史を築いた」というトルシエの言葉はそれが今、彼らの手中にあるのだということを示していると私は思います。
日本の司令塔=小泉総理の去就はトルシエのそれほどに関心を呼ばない「ファンの心(人の和)」から遠いところに行ってしまって、天の時はすでに失われたかのようです。
これらを別な見方をするとこちらの「ゲーム」は誰が(地の利を生かして)勝利しつつあるかは自ずと見えてきますが、まだゲームは終わっていないと私は思います。
どこに起死回生のパスを出せばいいか、サポーター達は分かっていますし、それを期待して待っているのだと思います。

