道理をわきまえない者に物理を学ぶ資格はない
真夜中の「子豚のしっぽです。久しぶりの夜更かしになってしまいました。そろそろ寝ようかなと思っています。ふぁ〜〜、
「道理をわきまえない者に物理を学ぶ資格はない」とある物理学者が言ったそうです。なるほど、ものごとの理(ことわり)を探求する学びに大切なことを実に簡潔に言っておられるなと私は思います。
その道理はどのように養われるのでしょうか?図式的に考えると、人がこの世界に生を受けた瞬間、母親との結合を解き、自立した生命としての「個」となったときから様々な「働きかけ」が心の中にそれを築くのだと考えてみると、幼少時の生活環境や教育──よく遊び、本を読み、テレビを見て、ゲームをして、教師の話を聞き、自分の意見を言い、他者の意見を聞き、時に喜び、悲しみ、怒り、時に間違え、自らの過ちを認めて他者の過ちを許す…という場所の重要性はいうまでもないと私は思います。
最近の3つの出来事──(1)東大和での中学生たちのホームレス暴行殺人事件(2)雪印食品の不正(3)NGO排除事件の鈴木宗男氏と野上外務次官の言動──を考えると私にはどうも道理をわきまえることを教わらなかったのか、あるいはそもそもそんなものは無いものかと考えてしまいます。
いま、この日記を書きながら田中外相と野上外務次官の更迭の顛末と小泉首相の記者会見をラジオで聞いています。「涙は女の武器」とにやにやしていた時と違って声を詰まらせての話し声で結果報告をしています。政界では「けんか両成敗」「痛み分け」のようですが、事の発端を考えれば何の解決にもなっていないと私は感じました。そしてこれらの過程は相変わらず「密室」のなかで行われている。しかし、NGOの大西さんという当事者の証言があるために「玉虫色」に嘘でうやむやにできない。
世渡りは道理だけではできない、世間にはシロクロはっきりしない灰色の部分はある、またそうでなければ窮屈で息が付けないかもしれない。しかし角材で人を殴れば死んでしまうし輸入肉を国産肉と詐称するのはごく日常的なことのようだし、鈴木氏が外務次官にとって受け入れがたい主(あるじ)だったようだし虚偽答弁をうやむやにするために更迭したりと、起こった事ごとはごく「当たり前」のようです。

