丸山真男さん、ブラック・ユーモア
お昼休みの「子豚のしっぽ」です。
最近は、あまりTVニュースを見ません。ニュース23ぐらいは見ますが筑紫さんの「多事争論」辺りでOFFってしまいます。どうも最近の「ニュース映像」には付いて行きたくないなといったところです。ほとんどの大マスコミというのは重大事態や背景が複雑な事件・問題ほど「画一的=定型的」報道と論調(どこぞの官庁広報そのままの)しかできないものなのだと私は感じます。哲学者・丸山真男さんは、世の中がおかしくなるときは、まず新聞などのマスコミが変節するというようなことを言っておられたとのことです。重い言葉だなと私は思います。
…と言いつつ面白いTV番組を見ました。ひとつはTV東京のアニメ番組「しあわせソウのオコジョさん」。”LaLa”連載の動物ものコメディー(というのかな?)で、今回は平和な学園に「強い番長」が転校してくるという噂におののくクラスメイト達の前に現れたのが「学ランを着たオコジョさん(希少動物のオコジョです)」だったというお話。
このオコジョさん、結構乱暴なヤツだが(「転校生」のオコジョさんが要求されているのは「生徒らしさ」なのですが、ついつい「野生」を剥き出しにしてしまい、クラスメイトのネズミをお昼ご飯用に狩ってしまう!命はとりとめたようだが‥)しぐさが「とてもカワイイッ!」のでなんだかみんなに許容されてしまうところがコワイです。
もう一つは、なんとかハムのコマーシャルで雪山(と思われる?)で行き倒れている俳優さんと投げ出されたハムのお歳暮をお父さんと2人の息子が発見!「だれかなぁ?あ!xxさんだ!」「ああ!いつものハムだぁ!」とその包みを手にする子供達。するとお父さんが「よーし、では家まで競争だー!」と行ってしまう。(そこで倒れっている男優がピクリと動いたように見える)CMの終わりに暖かそうな山小屋風の家の中で喜ぶ親子を横目に、倒れていた男優が毛布にくるまって暖をとっている…という筋立て。(1回見ただけの記憶なので細部は違うかも知れませんがそんな印象を受けました)
倒れている人がいたらまず助けるのが人間のルールではないのか(※)。まぁ、コマーシャルもアニメもフィクションではありますのでこんな風に目くじら立てることはないとは思います。しかし、これらには相当の毒を持ったブラック・ユーモアが潜んでいると私は感じます。一見面白そうだけれどちょっとなぁーというのが私の感想ではあります。
「イメージが論理を無力化」「分析的思考を無力化し想像力を奪う」(11-24参照)映像の力を忘れて多くの人が何の疑いもなくそれを受け入れる時、丸山さんのおっしゃった「危機」は取り返しのつかない現実のものになって目の前に現れるのだろうと私は思います。こんなところに今という時代につきまとう「鵺(ぬえ)」の息使いを私は感じてしまいます。
追記:※の記述について。95年、朝の通勤時間帯に撒かれたサリンで倒れた人々を横目で見ながら、助けるよりも「その人達を跨いで職場へ向かう人々」の方がはるかに多かったと知って私は衝撃を受けました。

