金子勝さん、「狼少年」の寓話
朝の「子豚のしっぽ」です。久しぶりにコーヒーを飲んでいます。東京・昭島はちょっと肌寒いぐらいの朝です。
予想通り、特殊法人改革に対する各省庁の「"0"回答」が出そろったようです。参議院議員選挙が終わって、いよいよ小泉総理の公約である「聖域無き構造改革」に手を付けた途端に「抵抗勢力(省庁と仮面派議員=族議員)」が巻き返しに出ている、という図式が凶悪事件、警察・外務官僚の不正、高祖議員の選挙違反疑惑、失業率の上昇、株価の下落、企業の大量解雇の発表とともにニュースやワイドショーに「日常的」に「繰り返されて」溢れています。
早朝6:40頃からNHK第1ラジオで経済展望という番組があります。その中で金子勝さん(慶応大教授)は、今の日本の政治経済状況は「国内外を含めて1920年代に不気味なほどうりふたつで強い危機感を感じる」とおっしゃっていました。起きていること、やっていること、正に何から何まで同じです。このまま「1929」あるいは「1930」に向かって突き進むしかないのでしょうか?
「狼少年」の寓話──やって来た狼に食べられてしまったのは少年か村人かは思い出せませんが繰り返し語られることには、なぜかヒトの感覚を麻痺(ほとんど陶酔的にまで)させる力があるようです。狼は常に備えるべき(現在は「知っておく」ことが生態学的に正しいです)で嘘であるとそれを怠ったところに、この寓話の人間に対する洞察力の鋭さを私は感じます。
今必要なことは「起きていること」から「どこに向かうのか」を読み解くための歴史観のようなものではないか?と金子さんは指摘しています。狼少年のようだがと付け加えていらっしゃいましたが、私はそれに同意します。
9.04で触れた内容も含めて、これからどのような暮らしを築くのか?を考える「分水嶺」にいま立っているのだ、と狼少年の1人として私も付け加えておこうと思います。
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ちょこちょこアップデートPart4です。
- 「マーキー(スクロールするテキスト)」を数カ所に記述しました。

