戦争の週間
昨夜作った残りのカレーを食べながら高校野球をラジオで聴いている「子豚のしっぽ」です。中継の間に入ってくる交通情報で、車の中で渋滞に捕まっている家族と帰りを待つ人の距離が少しずつ縮まって行くのが分かります。しかし距離=時間ではないことはわかりますが「速度」という効率を追求する時代に狭い車内で近しい人と過ごす時間の意味はかなり大きいのではないかなと私は思います。
「戦争の週間」にちなんで、ではないですが「太平洋戦争と『国民総動員』」小野賢一著・1995/けやき出版を仕事の合間に読んでいます。「15年戦争」時代の暮らしとそれを支配していた「法」がどのようなものだったか、また、どのように「戦時体制」が作られていったのか、指導されたのかが書かれています。大岡昇平さんが「戦場」を描いたとすれば、「亜わだつみ世代」の小野賢一さんは「銃後」の戦争を描いています。
母方の郷里には出征・戦死した長兄の遺影が掛けてあったのを覚えています。南方戦線へ輸送途中に命を落とした、と聞いた覚えがあります。故郷の夏の緑の豊かさになぜか心が落ち着くのは、見知らぬ叔父さんの霊が宿っていて見守ってくれているからでしょうか。

