サン・シティ
ジェノバ風サミットのお味はいかがだったでしょうか?沖縄からジェノバへと偶然ではありましょうが旧枢軸国の連続開催となりました。気候変動枠組み条約第6回締約国会議(COP6)の閣僚会議(長ったらしい!例の京都議定書発効に向けての会議、他)がドイツ・ボンなのでちょっと出来過ぎといった感じです。
サミットを「金持ちクラブ」と揶揄すると狙撃手付きの過剰警備による閉じられた空間は、なにやら南アフリカに実在した白人専用保養所「サン・シティ」を彷彿とさせます。
サミットに集まった各国首脳達が掲げる「自由貿易主義=グローバリゼーション」は、世界の中では少数派にすぎないというのが私の見方です。グローバリゼーション論者の思考回路を簡単にいうと「コスト高の製品(産業)は安いものを輸入すればよい」です。それを称して「ネオ・プランテーション=新植民地主義」と言う人がいます。そういう「改革論者」の規制改革は競争規制(省庁・業界の既得権益)は温存して調整規制(労働条件や女性の権利、大型店舗の出店規制、農地の保護等)に的を絞っての狙い撃ちがほとんどです。
「大きいものはより大きく、強いものはより強くの自由を求める『強者連合』が生まれ、社会の価値をひとり占めする時代」は続きそうですが一部のNGOの暴徒的側面のみを繰り返し伝える報道側も「サン・シティ」の内側(湾岸戦争の時のように。もっとも彼らはそこには入れてもらえずに、ご丁重にもレッドゾーンと命名された地帯にいました)からのものだったことを忘れないようにしたいものです。
追記:「次のサミットはロッキー山脈の静かな里でこぢんまりと開きたい」とカナダのクレティエン首相。20万人のNGO・抗議団体に取り囲まれて死者まで出して「サン・シティ」の居心地がよほど悪かったようですが、肥大化(沖縄サミットは約850億円!)、マンネリ化したサミットが本来の意味をすでに失っているのも確かなようです。

