カチャーシー、根拠地
昨日、用事の帰りに近所のわが母校、富士見ヶ丘小学校の脇を通ると子供達が「カチャーシー」の練習をしていました(時間からすると授業だったようです)。通り過ぎながらそのリズムに合わせてちょっと小さい口笛を吹いて応援・参加しました。沖縄でしたら近所のおじさん、おばさん達がやって来て一緒になって踊るのでしょうか?
(昨日のつづきです)…や洗濯ものを楽しむことも「Art Of Life」でありましょう。「Home(”House”ではありません)」は創造性と技術が作る共同体の場であり、喜びや安らぎ、ある時は悲しみを分かち合い生きるための「根拠地」であると私は思います。「コンビニ」「家事のアウトソーシング」等、暮らし向きは「簡便」になったと思われますがそれに対する「社会的外部的コスト」は膨れ上がる一方です。また、暮らしが簡便になるほど「家庭にある創造性と技術」は否応なく衰退すると私は考えます。
「イージー(簡便)」であることと「シンプル(簡素)」であることは同義ではありません。幸か不幸か私には分かりませんがモノ余りの「デフレの時代」は「Art Of Life」を見直し、築くには最良の時かもしれません。主導権は「家事」「買い物」をする私たちにあるのですから。
追記:ビールは500mlに変更しました。むははは。吹く風があまりにも気持ちよかったので。CDは「ヤング・アンド・フーリッシュ/大森明」テイチク・30CP-129・残念ながら廃盤)。おまけは「the cranberrles/no need to argue」ISLAND314-524-050-2でした。

