歌、戦争の世紀
お雑煮と煮染めを作り終わり、ラジオで「紅白」を聴きながらコーヒーで一服しています。毎度の事ながら男と女に別れて、歌で得点を競うということをちょっと考えてみると(私の中では)無理があるなと思うのですがスポーツでもなく弁舌でもない「音楽」で競うというのは、もしかしたら意味深いことではないかなと私は思ったりしています。
音楽(広い意味での文化としての「歌」)に優劣を付けるということは愚かなことだと私は思います。言い換えると、「歌」が何らかの強制力でもって国家の前面に現れてくる時に「永遠のファシズム(1*)」が動き出すというのが、繰り返して(!)歴史の教えるところです。
20世紀を「戦争の世紀」と言う人がいます。私はその見方に、悲しいことですが同意します。この国も今世紀の約半分は直接の当事者だったわけですが、戦争、暴力、独裁、自由競争経済というような世界を取り巻く「非人間的なものをもたらす力」は弱まっているとは思えません。「放蕩息子」の帰還を待つ「父」は本当にいるのでしょうか?楽天的にみれば、私はその「宴」で唄われるはずの「歌」はラジオから流れているように、今ここにあると思っています。
-■-
名古屋市のIさんご夫妻よりご指摘をいただき、ホームページの「もくじ(トップページ左側のフレームセル)」を非表示に出来るようにしました。この場をお借りいたしましてIさんご夫妻に御礼申し上げます。PC環境によりもくじ付ともくじ無しを選ぶことが出来ます。「業務多忙」で連載更新がなかなか出来ないこと、誠に申し訳ありません。2001年はさらなる充実を目指して行きたいなと思っていますのでどうかよろしくお願いいたします。
皆様にとって2001年が良い年になりますよう、お祈りいたします。
-----
(1*)ウンベルト・エーコ著

