山尾三省さん
28日夕方の「子豚のしっぽ」です。わが手前桜公園(4.05-06.2001参照)には共に大きな、欅や桜が中心部を屋根のように枝を伸ばしています。ちょっと8’0”・#4のプロトを振っての帰り、桜の枝先の手が届くところでアブラゼミが鳴いているのを発見。近くのベンチに座って「蝉のシンフォニー」を聴いてきました。「捕虫網と虫かご」は夏休みの定番ではないようで、駆けつけてくる子供達がいない方が蝉たちにとっては好ましいのかな?と思ったりしていると辺りは暗くなり始めてきました。
蝉の声は枝葉の大きなドームの中を満たすように聞こえました。じっと聞いていると体が浮かぶような感覚がしたように思いましたが、日頃の生活音がいかに単調なものなのかと気が付きました。晩夏のどこにでもある時間の流れでしょうが、ここから遠い屋久島の縄文杉「聖老人」の幾千回の夏を過ごしたかを想像すると「彼岸」などという言葉が思い浮かびました。
山尾三省さんが28日にお亡くなりになりました。屋久島に庵を結び、百姓として、詩人として、また信仰者として62年の生を得て、病と共に彼岸の人となってしまいました。
- 道具と人間より
- 山尾三省著「縄文杉の木陰にて/屋久島通信」
- 新宿書房・1985年・刊
「真理はひとつ。聖者はそれを様々な名で呼ぶ」——自然の合理を真理と言い換えるとそれはおそらく、なにものかの力によって、常に身近にあるけれども心が転倒したものには見えないようにされているのでしょう。三省さんは自らが「野の道」と言った日々営みの中にそのようなものを詩に詠み、やさしく語りかけてくれたのだと私は思います。合掌。
著作
- 「聖老人/百姓・詩人・信仰者として」野草社
- 「野の道/宮沢賢治随想」野草社
- 「狭い道/子供達に与える詩」野草社
- 「桃の道/子どもらへ伝えたきこと」六興出版
- 「縄文杉の木陰にて/屋久島通信」新宿書房
- 「詩集・びろう葉帽子の下で」野草社
他にも著書・翻訳が多数あります。


