里芋とキャベツ
昨日、ご近所のおじさんに里芋とキャベツのお裾分けをいただきました。おじさんが作っている畑からの「取れ取れ」。とりあえず荻窪「酒菜」のノブさんにやり方を教わって、里芋をふかして湯気がたっているところをお醤油でいただきました。
畑で働いているおじさんを見付けてどやどやとお邪魔して色々お話を伺ったときに、おじさんは「この畑は土が甘い」と言っていたのを思い浮かべるとなんだか里芋の素朴な味が、おじさんが丹誠込めた土とお日様の贈り物のように思いました。
−■−
23日の「感謝祭」について、消費者(としての自分)と生産者(あるいは生産地)との距離がもたらしているものを改めて考えてしまいます。
約2週間ほど前のアサヒコム秋田版に「『命』教える難しさ 鶏飼育・処分授業中止」というニュースがありました。小学校5年生の授業で、命の大切さを子供達に教えるために鶏を飼育して、それを屠ってカレーを作って食べる、という授業が生徒・保護者の賛否両論の末に中止された、というものです。
このことを知人・T氏(二人の娘さんの父・すでに孫3人のおじいちゃん・元祖アウトドア派か?)と話したとき、私は「こういうことは、そもそも家庭でするべきものではないか?」と言いましたが、T氏は「今の家庭はそのような状況ではないよ」の意見にはっとしました。そこで紹介されたのが「『いのち』を食べる私たち〜ニワトリを殺して食べる授業・『死』からの隔離を解く/村井淳志」という本です。ちょっと興味があるので読んでみて、いずれご紹介しようと思っています。
著者の村井淳志さんのホームページは http://www.ed.kanazawa-u.ac.jp/~murai/ です。

