犬の年=ドッグ・イヤー
祭囃子(ただしレコード放送ですが)が聞こえる朝の「子豚のしっぽ」です。今日と明日は町内の夏祭りです。中央の公園(通称・怪獣公園)には注連縄が回され、仮設舞台も紅白の幕で準備万端です。夜にはステージがあります。
わが昭島市民図書館には「リサイクル・コーナー」といって、古くなった蔵書や市民の不要本を無料でいただけるコーナーがあります。昨日、本の返却に行きますと(1)「犬の年(上)/ギュンター・グラス」集英社(2)「夜狐/池波正太郎」立風書房(3)「八月の光/ウィリアム・フォークナー」新潮社の3冊をいただきました。特に「犬の年」は読みたかったので嬉しいです。下巻は上巻をじっくりと読みながら古書店で探そうと思っています。
犬は人間の7倍の速さで歳をとるといいますが、1年が7年に当たるような「変化」の激しい時代を「犬の年=ドッグ・イヤー」と言うんだそうです。失業者の増加、改革の行方、9月からの株式時価会計の導入、デフレ圧力に対する調整インフレ論等々、この1年の経済環境は「犬の年」以上と言えるかもしれません。
89年が政治的「犬の年」だとすれば、その後の10年を失った理由を総括しないままに次の経済的「犬の年」は、住宅金融公庫の「廃止」議論に見られるように「役人が役人の利益のために作った無駄な特殊法人」をまず整理(『原則廃止』と言ってはいますが)しないで「国民が直接分配を受けることが出来る政策」を打ち切ることからして雲行きが怪しいと思うのです。
将来的には2桁の消費税導入が「不可避」である(といわれる)状況も含めて「改革に伴う痛み」の順番は誰が先なのか?がおぼろげながら姿を現してきたようです。小泉サンとその周辺はどうも「財務(旧大蔵)=銀行系」の匂いがぷんぷんのように私には思えます。

