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2009-06-25

[読書]奥多摩町異聞

奥多摩町異聞

本のデータ
書名:奥多摩町異聞
著者:瓜生卓造
出版:東京書籍
発行年:1982年5月1日初版
ISBNコード:978-4-487-75014-6(4-487-75014-8)

私が好きな釣りは小さな旅と共にあるようです。旅の楽しみは地の食材や酒などいろいろですが、すれ違う人々との会話に印象深いものが多々あるものですね。

ある時、村営バスでお隣に乗り合わせたおばあちゃんの手が自分の手より大きくてつやつやとしていたのを見ました。たぶん働き者のお母さんなのだろうと思いながら挨拶をしてこの季節の山のことや畑のこと、川のことを聞いてみました。

地元の人の話は山や川をより豊かにしてくれます。旅人である私は通り過ぎて行くのではありますが、そうした一期一会の出会いはいつも何か大切なものを持ち帰ることになるようです。

-■-

「奥多摩町異聞」は著者が奥多摩の人々を訪ねながら山村と人々の関わりやそれらを取り巻く時の流れを淡々と記しながら東京という大都市の背景にともすれば埋もれてしまうような歴史を現在に繋ぎ止めるような一冊です。

本書に出てくる字(地名)の小丹波(こたば)は私のふるさとです。現在の生活の場でもある桜木(さくらぎ)はすぐ隣となります。祖父母や叔父叔母、幼い母が暮らした山村に私自身が今現在暮らしている訳で、文脈の間に私自身の歴史の空白の野のような部分に畦道を見出すべく出会った書でもあります。

本書が上梓されてから四半世紀、小河内ダムや緒産業、また釣り人から見た奥多摩川の問題は変わらずあると実感します。しかしまた、困難に立ち向かって町を築き暮らしを立て来た人々と奥多摩(川)に関わる人々の努力と心意気は今も脈々とあります。

本書を読みながら奥多摩川を中心によりよい環境、定住と観光を目指す経済圏の様なものが出来ないものかと私は考えるようになりました。

Posted by TM* at 2009-06-25 19:56 in 暮らしの周辺 » 読書 | English | Permalink
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2008-12-19

[読書]栃木のルアー・フライ

栃木のルアー・フライ・表紙

本のデータ
書名:栃木のルアー・フライ 管理釣り場・C&R区間FIELD GUIDE
監修:リール愛好会 (バックナンバー「リール愛好会活動報告白書」)
出版:下野新聞社
発行年:2008年10月25日初版第一刷

憧れのフライリールがある。3000ドルだから今日只今の円ドルレート(1$=89.82YEN)で約26万7千円かぁ〜。おまけに送料無料だって。円が弱かったつい1年も前に比べたら2割は安くなったのね。すぐには買えないけれどちょっと、ちょっとちょっと…我慢しておカネを溜めたら買えなくもない。まぁ、金融不況とか消費不況とか諸事切りつめてな先の見えない世の中と自分のお財布と(配偶者のいるかたはその方面と、たぶん最大の難関か)相談しないとね〜、ナカナカムズカシイw

なにしろリールである。されどリールである。機能であるとかデザインであるとか希少性であるとか、時には資産価値であるとか話しは尽きない。熱く語るほどにワシは周囲からは浮くのだよなぁ。けれどもこういう話題に夢中になる、いわばリール萌への視線は意外にもやさしく感じられる。それはオタク文化に理解を示しマンガをたしなむ首相の影響もあるのかもしれないが趣味を楽しむのになんの理屈も要らないよ、というような微笑ましくも当たり前のことなんだよねと思う。

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本書はリール愛好会が監修した栃木県のルアーフライにおけるエリアガイドである。釣場のバリエーションからフライ黎明期の歴史の1ページまでと栃木県の釣り環境を労力をかけ、かつジャーナリスティックに網羅している。そして本書の一番の特長はルアーフライ釣りの楽しみを語る、その語り口や行間になんともいえない笑顔を感じさせるところだろう。

それを年末恒例、ことしの世相を漢字一文字風に選ぶとすれば「」なんだろうなぁと独りニンマリしてしまった。お奨めの本です。

Posted by TM* at 2008-12-19 05:06 in 暮らしの周辺 » 読書 | English | Permalink

2008-11-28

[読書]メディア・コントロール/ノーム・チョムスキー

本のデータ
書名:メディア・コントロール/—正義なき民主主義と国際社会
著者:ノーム・チョムスキー
インタビュー:聞き手・辺見庸「根元的な反戦・平和を語る」
訳者:鈴木主税
出版:集英社文庫0190A ISBN4-08-720190-2
発行年:2003年4月22日第1刷
BOOKNAVI:メディア・コントロール/—正義なき民主主義と国際社会| ノーム・チョムスキー

テレビニュースを見なくなって久しい。テレビの前でニュースを見ていたのは筑紫哲也さんがいたころのニュース23ぐらいかな、9.11以降、イラクで邦人が拉致されて自己責任が言われた時、衆院郵政解散選挙の時、それからしばらくはニュースが「カイカク」一色になった。

イラク問題、耐震偽装問題、年金問題、雇用問題、金融危機等々、ニュースは時々、それらを思い出したように概略がアナウンサーによって読まれてタレントがコメントして終わるショーのようになっていった。あるいは司会者が取り仕切って自らの意見を発したり補強したりする場になったように思う。

5つのWと1つのHは粉々にされた。たぶん「金さえあれば何でも買える」時代にはその時々を刹那的に生きることが格好良くて持て囃されたのだろうなと思う。厄介なニュースなんて自分に関係なければスルーする、むしろFXや商品・株式市場に時代の実相があったのだろうとも思う。

そういう時の流れがテレビや新聞から自分を遠ざけた。新聞拡販員が来てもネットで読んでるんで要りません、ごめんねと先日も断わった。

-■-

何気なく見ているテレビコマーシャル、ニュースも含めて情報は商品だ。それを効果的にするためのテクニックや効果を計る統計手法、リサーチなど巨額の資金が動く。そしてそれらによって資金に見合った利益がなければならない。

時事ドットコム:マスコミに報復してやろうか=厚労行革懇の会合で−奥田座長のニュースから分かることはどういう意志がニュース(=情報)をコントロールしているかの一端だろうと思った。

『メディア・コントロール』ではチョムスキーがメディアの役割を合衆国や日本を含めた諸外国の実例と共にとても分かりやすく語っている。それらはチョムスキーの舌鋒をもって惨憺たる事実として揺るぎなく示されている。

また後半のチョムスキーと辺見庸の対談は「ジャーナリスティックな作為」や「権力への自己防衛」を排して自らの言葉をありのままに紡ぎながら読者を引き込んでゆく迫力がある。

それを音楽ファンの私が例えて言うならピアニスト・原田依幸やアルトサックス・林栄一の演奏のように音楽の向こう側にある純粋な衝動そのものを今という場に作るように彼らの言葉が響いている、といったところだろうか。

『メディア・コントロール』を読むようになって、ニュースが作られる場であるテレビや新聞、広告代理店そのものが興味深いなと思うようになった。

Posted by TM* at 2008-11-28 11:03 in 暮らしの周辺 » 読書 | English | Permalink

2005-07-02

「誰のための改革か」を読む

内橋克人さんの「誰のための改革か」2002年・岩波書店刊を読み返す。初めて読んでから3年たった訳だけれど、いまだにその主張にズレを感じさせないことが悲しく思えもする。

「毒まんじゅう」がジンワリと、ここにきて決定的に効いてきた郵政民営化論議の結末は近い。「地方の郵便局が無くなる」ことだけで反対派の砦が築かれたわけではないだろう。誰も語らないことにこそ彼等の依って立つところがあると感じる。

綿貫民輔さんにちょっと興味を持つ。

Posted by TM* at 2005-07-02 10:28 in 暮らしの周辺 » 読書 | English | Permalink

2005-06-07

レイテ戦記

大岡昇平さんの「レイテ戦記」を読み始める。戦争を起こし支えているのは私たちの無知だ。大岡さんが明らかにしたかったことの中に確かめてみたいと思った。

メディアリテラシーとして、ミンダナオ島での日本兵発見の報道とは何だったのか?

Posted by TM* at 2005-06-07 17:30 in 暮らしの周辺 » 読書 | English | Permalink
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