宮崎ロッド・Prime Time バンブーロッドPiggy's Tail

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2003-03-04

民主主義を疑う、NO WAR !

こんにちは、昼のいこいです。おっとっと!「子豚のしっぽ」です。NHK・昼のいこいを聴いています。ほのぼのBGMにナントカ農事水産通信員さんたちのお便りが楽しみな子豚であります。

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失われた10年─もう少し広く見ると冷戦崩壊からイラク攻撃直前のような現在まで、たくさんの神話が信じられなくなったようです。

一つは成長神話。経済は永遠に右肩上がりに成長してさらに豊かになる。一つは市場経済神話。調整規制を撤廃して自由な競争でコストダウンと利便性を高める。それらは世界的な供給過剰と大資本による富の寡占化とその偏在をドラスティックに進めたと私は思います。

そしてもう一つ。「民主主義」。

選挙民によって選ばれた代表者がその総意の実現を目指すもの。もっともここのところの国際政治の動向に見ると為政者にとってはたいへん好都合な神学用語にすぎないようです。

民主主義、自由、正義とあたかも普遍的であるようなこれらの言葉こそ、今一番疑わなければならないもののように私には思えます。

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トップページに「NO WAR !」を追加しました。新しいアクションがありましたらここに更新しようと思っています。

Posted by TM* at 2003-03-04 20:33 in 暮らしの周辺 » 911 after | English | Permalink

2003-02-25

歴史は決して不義の側に味方はしない

子豚02-24で「どこもかしこも間違っていないでしょうか?」と自分に対して問いかけてみました。しかし、よく考えてみると現実的にも、また精神的にもこの国がアメリカの「属国」であると考えればこの問いかけの意味が変わることに気が付きました。

ここにも、この国の冷戦崩壊後の新たな「生き方」といったものが問われていない、あるいは茫然自失といまだに漂っている様が見て取れるのかもしれません。

「歴史は決して不義の側に味方せず、歴史を信ずる人間には敗北はない。」

金大中さん、韓国大統領としての最後の演説です。いい言葉だなと私は思います。

ある世論調査では8割近くの人がイラク攻撃に反対しています。歴史は決して不義の側に味方はしない、私もそう思います。

Posted by TM* at 2003-02-25 13:52 in 暮らしの周辺 » 911 after | English | Permalink
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2003-02-24

どこもかしこも間違っていないでしょうか?

目

さて、きょうの子豚はStormyです。先ほどのニュースで日本政府がイラク攻撃に対して戦費負担をすると取れる発言をしたようです。「新たな国連決議無し→イラク攻撃」の場合の政府の態度は例によって明らかにしていませんが、日本の「参戦」はこれで決まったようです。

小泉首相がいう「国際社会」とはいったい何かを私は考えていましたが、それは普遍的な価値や広がりといったものを意味するのではなく、その言葉で覆い隠そうとする、言葉とは裏腹なものがあると確信するようになりました。

日曜日のニュースで保守系国会議員が「対北朝鮮問題のためにも(イラクを攻撃する)アメリカを支援すべきである」と言っていましたが、そのためにイラクの何十万人の人々が虐殺されたとしても何の呵責もない、ということでしょうか。

国際貢献が大事といいながら強者になしくずしに追従し、弱い者には金をちらつかせて懐柔しようとする。そんな国に誇りを持てと子供に教える。大人には何も言わないことが国益だ、という。

どこもかしこも間違っていないでしょうか?

Posted by TM* at 2003-02-24 13:50 in 暮らしの周辺 » 911 after | English | Permalink
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2003-02-11

すべての人の心に花を

すべての武器を楽器に!─15日、喜納昌吉さん達がイラクで「すべての人の心に花を」を唄うそうです。

「国家単位の『利権』という世界と人間を呪縛する構図から解き放たれるべきである」と喜納さんは「すべての武器を楽器に/ "Lay down your weapons , take up musical instruments"」1997年・冒険社刊の中で主張しています。

核兵器、生物科学兵器などの大量破壊兵器の使用や拡散の恐ろしさが盛んに、繰り返し喧伝されています(米国のイラク先制攻撃の大きな理由とされてもいます)が、劣化ウラン弾や無人攻撃機やテレビ誘導ミサイルや通常爆弾、自動小銃の弾丸にしてもそれに晒されるものにとって残酷さ・恐ろしさはまったく同じものであろうと私は思います。

今日、イラク攻撃のTV討論(のようなもの)を見て、この戦争を支持する人たちの論からはこの視点がものの見事に抜け落ちていることと「国益」「国際貢献」という言葉の響きの中に、もしこの戦争を始めれば20万〜50万人の老若男女が挽肉になってしまうことを前提に言っているのか、という憤りを私は感じ続けました。

自衛的な先制攻撃(?)への支持、中東に民主国家をつくり拡大しようという逆ドミノ理論、と論じられることの前提としてこれらの命の重さを論者の言葉の中に私は感じることがまったく出来ませんでした。

奴隷というのは、奴隷同士では互いに主人の自慢をしあって張り合う、とどこかで聞いたことがあります。彼らを見ていて、そんなことを私は思い出しました。

Posted by TM* at 2003-02-11 13:38 in 暮らしの周辺 » 911 after | English | Permalink
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2002-12-21

平和をつくり出す人たちは、さいわいである

共に過ごすクリスマスは親子にとってかけがいのないひとときである、と子供がいない子豚は想像します。しかし、自分たちの意志とは別な力で離ればなれの家族がいます。

日本と北朝鮮の間で、アラビア海の巡洋艦と日本の間で、その距離の隔たりのなんと遠いことでしょうか。

言い伝えではベツレヘムに輝く星を頼りに東方の三博士は誕生したイエスの元に導かれたといいますが、無明(むみょう)を照らす星星の下で、離散の悲しみの中にあるこれらの家族に幸いがあらんこと、私はお祈りいたします。

 こころの貧しい人たちは、さいわいである、
   天国は彼らのものである。

 悲しんでいる人たちは、さいわいである、
   彼らは慰められるであろう。

 柔和な人たちは、さいわいである、
   彼らは地を受けつぐであろう。

 義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、
   彼らは飽き足りるようになるであろう。

 平和をつくり出す人たちは、さいわいである、
   彼らは神の子と呼ばれるであろう。

  1. マタイの福音書」より
Posted by TM* at 2002-12-21 20:02 in 暮らしの周辺 » 911 after | English | Permalink
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