フィールドテスト フェアー
本日は錦糸町にてイベントに参加します。錦糸町は初めてなので楽しみです。本所(ところ)と言えば鬼平、長谷川平蔵の名前が思い浮かびますし本所七不思議「おいてけ堀」などちょっとワクワクしています。
本日は錦糸町にてイベントに参加します。錦糸町は初めてなので楽しみです。本所(ところ)と言えば鬼平、長谷川平蔵の名前が思い浮かびますし本所七不思議「おいてけ堀」などちょっとワクワクしています。
早朝の「子豚のしっぽ」です。きのうは近所のスーパーで冷食半額セールだったので冷凍和野菜(さといも、にんじん、レンコン、タケノコ、椎茸、ちしゃとう、さやいんげんなど)と鳥肉を煮っころがしにして晩酌の突き出しにしました。これ、一から作ったら結構な材料費と手間が掛かるのですが冷食だと適量に素早くできますね。なかなかいい味になりました。
核兵器の論議の中で「持つこと」について、政治家の発言があった。もし私たちが核兵器を持つことになるとおそらく以下の順番に進むことになると思う。
行き着くところは決定的な崩壊しか考えられない。
核兵器を「持たない」としながらも「持つこと」の議論の行き着く先はこんなところだろうと私は思う。「小型核兵器を持つことはそれを禁止することが憲法に書いてないので可能」など言っているうちに梯子を外されるのは目に見えているとも思う。
結果、膨大な債権(主に米国債)は紙切れになりホクホクなのは誰なのか?戦争経済がこれで10年は続けられて儲かるのは誰なのか?そして新たな全体主義が極東に生まれ、消えて行くだろう。
現在、この国には約40トンのプルトニウムがストックされている。一流のロケット技術がある。そして半年あれば核兵器を作れる技術があると見られている。この3点についてだけでも国際社会(便利な言い方だね)への脅威と取られるのは充分だろう。
そうすると駐留軍が基地を強化するのも安全保障とは別な理由があるのか、とも感じる。
要するに核兵器という「手段と目的」がこの国の過去の歴史や成り立ちと目指すものに対して相応しいものなのかを突き詰めると、核兵器を持つということはこの国のかたちを根底から変えることだと考えるしかないだろう。
憲法とその理念を教える教育基本法、共謀罪、空前の企業収益と福祉の切り捨て、働くこと(=暮らし)の不安定化、報道の奇妙な萎縮等々、それはすでに始まっていると思わざるを得ない。
子豚賞とは:心に残ったワンフレーズに贈る賞です。「大賞」は年末あたりの予定です。
午後の「子豚のしっぽ」です。昼過ぎまでは晴れていましたが今は曇っています。ミズキが紅葉しましたがヒマワリがまだ咲いているのをながめながら、散歩ついでの買い物中にシジュウカラを見つけました。遠目からでも分かる胸の黒いネクタイ模様が可愛らしいですね。
お知らせに「Prime Time at Yatugatake "messe"」を追加しました。例によりまして積極的な販売はいたしません(笑)ので、お気軽にお立ち寄りください。
12月の八ヶ岳中腹は確実に冬だろうと思いますが温泉や美術館、農大の産直販売など、週末の一日を楽しむという手もあるかなと思います。
温泉のついでにでもお気軽に‥ということで、よろしくお願いいたします。尚、期間限定でブログ「Prime Time at Yatugatake "messe"(仮)」を設置予定です。
"messe"はヘアサロンですのでご同伴のご婦人はヘアメイク、という手もありますね。こちらは予約制になっています(その間、のびのびと釣り談義などできますね)。

朝の「子豚のしっぽ」です。風のない穏やかな朝です。
作業の合間にネット編みをしています。久しぶりだったので編み目を飛ばして苦労しましたが慣れてくるにしたがって手の動きが速くなって行くのが面白いです。編んでいるのはオリーブに染めた木綿のコード(3号)です。
編み上がったら柿渋をかけて乾いてからフレームに取付けます。
ランディングネットは好きな道具ですが私の場合はあまりで出番がありません。釣れた魚はできるだけ水中でリリースするようにしているからですが、万が一の大物に備えて(夢見て?)背中に遊ばせている感じですね。
久しぶりの更新「子豚のしっぽ」です。夏から秋へと季節は移り、子豚ページは7、8、9月をスルーしてしまいました。まだちょっと忙しいので更新ペースは遅くなるだろうと思いますが、これからもよろしくお願いいたします。
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近所のスーパーで夕食の買い物をする。台風の影響で強い雨ということもあり空いている。もっとも、近隣の大型店進出で商環境は良くないこともあると思う。
郊外の大型店立地は元々はモータリゼーションと大量仕入れ=グロス販売によるビジネスモデルだけれど、広大な商圏という背景がないこの国に於いては過当競争を強いるだけで個人商店を廃業に追い込んだり商品の価格が上がったりと、コンシュマーにとっても良いことばかりではない。ましてや、そこで働く人々にとっても。
売れなくなるとどういう事が起きるのか。
経営は数値・指数で判断する。特に交差比率を改善することを迫られる。在庫を減らす。商品の質を落とす。人を減らす(正社員を減らし非正規雇用を増やす)。売り場面積を減らす、等々「減らす」ことばかりが要求される。
そして精神論でもって志気を高めようとする。このスーパーではないけれど、以前私が見たのはバックルームに社員一同が集合して鉢巻きを巻いて「がんばるぞー、目標達成!」と気勢を上げるというものだった。
そして利益率の高い商品、例えば米国産牛肉などが店頭に並ぶことになる、近い将来に。
それを家族の、夫や子どもたちの食事を作る主婦(主夫)たちがどう受け止めるのか?
デフレへの誘導(所得移転)と規制緩和(制度変更)の目的が「暮らすこと=働くこと=育てること」に与えている悪影響は決して小さいものではあるまい。
(好景気だという。しかし、慎ましく生活する人々に豊かさをもたらさない経済成長とは一体、誰のためのものだろうか?)