2004-11-27
11月の子豚賞・2004
- 強制でないことが望ましい
- 陛下、園遊会で異例の発言。都教委の米長邦雄さんが「日本中の学校に国旗を揚げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と述べたことに対して more≫
- 強制ではなく指導
- 略*
- 自衛隊がいるところが非戦闘地域である
- 言葉とは言霊(ことだま)だという。言葉を弄することで得ていたものに今、その言霊が若者たちの血と肉で「ツケ」を支払うように迫る
- 取りあえず撃ち殺せ
- 軍事的には「自由発砲地帯」という、ポリシー通りに皆殺しだ。ICJだって?F■CK YOU!
- シアワセになりたいけど、頑張りたくなぁい
- 頑張っているヒトにガンバレはないよな、楽に行こうぜと言いたい、ベイビィ!
- おじさん、こどもいるの?
- 近所のAさんちの年長さんのおてんば娘にいきなり聞かれる。なんでなんで?
子豚賞とは:心に残ったワンフレーズに贈る賞です。「大賞」は年末あたりの予定です。
2004-11-24
逆説的ポップコーン
最近、ポップコーンをよく作ります。中華鍋にトウモロコシの粒と少々のサラダ油を入れて透明のふたをして中火にかけます。ちょっとすると黄色い粒が白い花を咲かせるみたいにぱっとはぜます。大体はぜたら塩を少々。この時たまにはぜて飛び散ったりします。
- 簡単と言われて簡単だったためしがない
某ケータイのCMでしたか、高機能・コンパクトを誇る最先端とは対局に簡単なモノを作るということが簡単ではないという逆説。
でもポップコーン、簡単に、しかも出来たてうまい〜>それほどでもないかな
2004-11-15
それで本当にいいのだろうか?
子豚賞候補
オーウェルの世界だ。法の支配だけではなく、道理も歴史もここからは消え失せた。
何を問うても答えなどはない。そもそもこれは自問(=嘲笑)でしかない。しかし、なぜこう「言わなければならない」かを考えることが、この「世界」を知るための第一歩となる。
それは「中東の石油」「半島・大陸の脅威」があり、米国の信頼(=追従)を損ねることでその武力の後ろ盾を失えばどうにもならなくなる、さりとて独力で軍備強化(=究極には核兵器の開発配備)が出来うるのか。好きではないが従わざるを得ない必要悪、ということか。
これを純粋理性と言うのなら、最後の超大国、デモクラシーの帝国(=ビッグブラザー)の意にそぐわぬ者への経済的、あるいは軍事的報復に対する恐怖はない、とは言い切れまい。罪なき人々の惨たらしい犠牲を容認することによって得ていた分け前を失いたくはない、とは言えまい。
そして私たちは次の世代に手渡すものは何もなく、未来を語ることもできない。この見えない鎖に縛られながら、奴隷の子は奴隷であると言い聞かせるか黙っているしかあるまい。
それで本当にいいのだろうか?
2004-11-13
お肉屋さんで考える
本日は週末カレーにて、お肉屋さんに鳥胸肉を買いに行く。お金を渡す段に「鶏肉、ちゃんと切れる?」と聞かれて「切る前にタッチアップしてまっせ、ばっちりどすえ」と言うと「ほほー、やるねぇー」とにこにこ。
包丁がない家、というのがあるのだとご主人。料理ばさみ、あるいはまな板の上に材料をのせることなく食事を済ます家が結構あるのだよと言う。包丁のプロからすると口惜しいのだろうなぁ。冷蔵ケースの中に綺麗に切り並べられたお肉を見ながら、オレも腕組みをして考えてしまった。
言葉の慣用
夕暮れ時の「子豚のしっぽ」です。つるべ落としに日が暮れますなぁ。しかし本当に「つるべを落とす」という体験は正直言いますとございません、手押しポンプはあるのですが。このような何気ない言葉の慣用はちょっと考えてみるとイロイロなところにあるようです。
よくTVニュースなどで「…の今後の課題がメジロ押しです」なんかも近所でメジロを観察するとどーもそんな感じじゃぁないような気がします。そうだなぁ、「…の今後の課題がスズメのお宿です」な方が私にはぴったりきますが、何か緊迫感がまったく漂わないところがニュースには激しく不向きでしょうな。
スパムメール
最近「こん♪」「今」「おでかけですか?」など短文用件なスパムメールが届くようになった。内容はアヤシゲなサイトへの誘導みたいなもので差出人アドレスは詐称がほとんど。
リンクをクリックしようものなら後日「最終通知書」がやって来たりするのだろうか。ま、Thunderbirdの迷惑メール・フィルターがごみ箱行きにしてくれるのでなんでもないけれど。
暇人なので内容を読んでみるとターゲットがオトコノコ向けがほとんどですな。ついでにグーグル検索すると大量ヒット。あえて返信してネタにしている猛者もいらっしゃるようで大変参考になりました。
2004-11-12
子豚も歩けばなんとやら
夕方の「子豚のしっぽ」です。雨上がり、近所に散歩がてら買い物に行ってきました。途中で年配のご婦人に道を尋ねられました。ちょっと入り組んだ道だったけれど目的地に無事につたかなぁ、と思いながら歩いているとリアル厨房ねこ(?)がハトを狙っていました。
身を屈めて物陰からさっと飛び出すところがカコイイ!、と思う。ま、狩りは成功しませんでしたけれど。
後でもうちょっと見学させてもらうかなと思いながら歩道を渡りきると、背後で「きゃ!」の悲鳴。ふり返ると自転車の年配のご婦人が倒れている。
ぱぱっと駆け寄ってみると、いわゆる「立ちゴケ」だったようでホッとする。自転車を起こしてあげると顔色が良くない。今日は調子がわるいのよ、とのこと。休み休み行くのが吉ですな、と別々の方向へ。
ポテトチップを買い足しての帰り道、道の両側で中年ねこ(?)同士が見合っている丁度中間点に割り込んでしまう。すまんすまんと謝ると、ちょっと肥ったくろネコがなぜか舌をちょろっと出しっぱなしなのにぷっと笑ってしまう。くろネコくん、気を悪くしたのか、植え込みの茂みの方へいってしまう。
てくてくと手前桜公園脇を歩いていると公園内で犬のブラッシング中の年配のオッサンがいる。案の定、毛が散らばっている。おまけにリード外して走らせている。
うーむ、シナモンのダビング材にもってこいだな、という問題ではない。ここは小さな子供たちの遊び場なのだ。注意して逆ギレされても困るので、いずれしかるべき方面に働きかけることにしよう。
子豚も歩けばなんとやら、のひとときであった。
2004-11-11
日本の選挙では開票が終わってから当選者が発表されるが、アメリカでは勝利が宣言されてから投票が数えられる
100日はイラクでの戦争、1000日はイランとの戦争。ことはそのように進むのだろうか?どうやら不正と選挙妨害に対する大規模な訴訟がいろいろなところで準備中の模様。「敗北宣言」は法的には意味のない、ただの慣習だそうです。
2004-11-10
Mozilla Firefox 1.0がリリース、Piggy's Tail [Reloaded] スタート
おやつ時の「子豚のしっぽ」です。気温21度と心地よい陽射しでなかなかの晩秋ですな。
Mozilla Firefox 1.0がリリース。各所で盛り上がっているようです。子豚といたしましてもちょっと御輿担ぎということで、ウワサの子豚Blog『 Piggy's Tail [Reloaded] 』の初エントリとしました。
今後の子豚は日記とBlogの共演と相成ります。さて、どーなって行くのやら。傾向的には‥
- 日記=チャンプルー
- Blog=小鉢
‥のようになるのだろうか(謎
「何に使うの、コレ?」と思う前にぴぴっと子豚のしっぽが反応しましたよ、私のFirefox の Side Bar はこれに取って変わるのじゃぁないかと。
Bookmarkや履歴といった過去の記録と更新され続けるメタデータを「時空間」の中から自由自在に取り出せる、ような統合されたインターフェイスの実現の予感。
ん?さらに‥
‥などもメモ。
2004-11-05
ベトナム帰還兵の証言 - 現在は過去とともにある
「ベトナム帰還兵の証言」岩波新書・864(絶版中)を読んでいる。当時、政策として隠蔽されていた残虐行為・ジェノサイドを「戦争に反対するベトナム帰還兵の会」の元兵士たちが語る。アメリカの中で彼らをいまだに「敵」と考えている人々は多い。
- ドナルド・ダンカン一等曹長
- 第五特殊部隊
- 「証言することの苦しみ」より・同書11ページ
「ベトナム」を今日のべつの国に置き換えたとしても、当時との様々な状況の相異はあるとしても、ダンカン一等曹長がいうことは大きな違いはないと私は思う。彼が指摘する「政策」は、より巧妙に手直しされながら継続されているということだろうか。
現在は過去とともにある。私たちの心の闇に、差別と劣等感に身を委ねるようにと呟き続けるものがいるのだと私は思う。過去から学ぶことが未来をよりよくすると信じる、しかし過去は自他の苦渋と屍に充ち満ちている。
2004-11-01
放蕩息子の物語(ある若者に)
昼過ぎの「子豚のしっぽ」です。サイト閉鎖中(10-31から11-03まで)ですがこのコーナーは続いています。
私が好きな物語に、聖書の中の「放蕩息子」の話しがあります。私はキリスト者ではありませんので、そういった方々の思いを間違えなく受け継ぐのでもなければ伝えることもできません。日々、信仰生活をしているわけではないので不遜かも知れません。
けれどもこの物語に強く惹かれるものがあります。
物語は大体がこのようだったと思います。
ある豊かな家族の兄弟のうち、弟が父に自分が相続するであろう財産を分けてもらい家を出た。弟は放蕩の限りを尽くして金を使い果たしてしまう。
誰も彼に見向きもしなかった。食べるものを恵んでくれるものはいない。
我に返った彼は出奔した故郷を思い出しながら、父の元で使用人になって働けるように父に頼もうと決意して家に帰り着く。
父はぼろぼろになって帰ってきた息子に良い服や指輪を与え、牛を屠って宴を開き、息子の帰還を祝った。
畑で働いていた兄は父に、私は父さんに使えているのに友人との宴のために子羊さえ分け与えてくれない。親不孝のかぎりを尽くした弟をなぜ迎え入れ宴をするのか、と問うた。
すると父はもう一人の息子にこう言いました。私が死ねばそれはすべておまえのものだ。
どこかへ行ってしまって死んでいたかも知れない、この世でただ一人のおまえの弟が生きて返ったのだから、こうして楽しみ喜ぶのは当然ではないか、と。
いつの時でも、どのようなところでも「2人の若者(息子)」たちはいるのだろうと私は思います。
世間からみれば、この兄の方が良い若者であろうと思われます。しかしながら若さ故の分別、思慮の足りなさの結果が眉をひそめるような失敗と深い悲しみを生んでしまったとしても、彼らは「悪い若者」として忘れ去られてしまうのかというとそうでもないだろうと思います。
歴史をふり返ればその曲がり角ごとに若者がいて、その時代から見渡せば、ほぼ後者の側にいた事。また、決まって孤立していたことを私は忘れないようにしたいと思います。
この物語で、父親は兄弟を怒ってはいないように思えます。世間一般の善悪よりも親子の絆を上位に置いているところが切なくもあり、好きでもあり、また私をほっとさせます。

