2003-03-30
2003-03-28
しっぽぴこぴこの子豚のマスコット
かぁーとばせぇー!高校野球のラジオ中継を聞きながらの「子豚のしっぽ」です。鳴り物と青少年の応援が「こ、これはファンクじゃ〜、オソロシや!」というくらい催眠・強烈的です。
この魔のサウンドに抗しながら子豚していますがうー、辛抱タマラン、ということでちょっと手前桜公園に散歩に行ってきます。このつづきはおやつ過ぎに。
子豚賞のマスコットを作りました。拡大版・右のIndexでぴこぴこしております。「しっぽぴこぴこの子豚」とともにヨロシク!
鵺(ぬえ)
子豚3-25がヒソカに加筆されました。(つづき)少し暖かくなったせいか、食後横になったらあっという間に寝てしまいました。
手前桜公園でモンシロチョウを今年初めて見ました。チョウの白とタンポポの黄色の組合せは絶妙だなと思います。手前桜はここ1、2日ほどで咲き出しそうです。
アメリカではなぜ銃犯罪が多いのか?映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」アカデミー賞受賞式で吼えたムーア監督の問いかけです。
恐怖と武器の関係で思い出すのは2001年の幕開けに起こったカリフォルニアでの大規模停電です。送電が止まり街が夜の闇に沈む時に、市民は銃を買いに走ったそうです。
夜の闇、犯罪が多発するかもしれない、自分が襲われるかも知れない、自衛のために武装する、ピストル、ショットガン、ライフルを買う、という連想が思い浮かびます。
最近はきな臭さを通り越して日本の核武装や巡航ミサイル・トマフォーク配備が話題になったりしますが、私たちの夜の闇にもいい知れない不安があるとすれば、その正体は一体どのようなものでしょうか。
「鵺(ぬえ)」という妖怪をご存じですか?邪悪で強力、不吉な妖怪で、その姿は「頭が猿、胴が狸、手足が虎、尾は蛇」だといいます。
滅茶苦茶な姿のこの怪物こそ、私たちのこころの中に積もり固まった「妄想」の姿だろうと私は思います。妄想とは根拠がないもの、経験や論理では分析ができない信念のようなもの、です。
いま報復兵器購入を「検討に値する」といった根拠とはどういうものなのでしょうか。
東アジアの緊張を冷戦の残滓と見れば、欧州での冷戦の終結が示したようにこれを終わらせたものは武力ではなく経済だったのであり、いち早くソ連を解体して対立から共立へと梶を切ったゴルバチョフが冷戦の真の勝者だった、と見れば、この闇も一様に真っ暗闇ではないと私は思えます。
政府はアメリカ追従と見えますが決して「好いてはいない」だろうと私には思えます。東アジア(あるいは世界)に目を移しても同様と思われます。
しかし、注意したいのはこの国に対するルサンチマンがいつでも「反米」から「反日」に向きを変えうることです。
今日の武装論議が、かつての国家主義とは違った鵺を目覚させようとしているのでしょうか。それには蛇の尾の先に嫌米感情が継ぎ足してあるような気がしてなりませんが、いうまでもなくアメリカ自身も一様ではないとはっきり分かって来ています。
妖怪は一般的に人の唾(唾液)に弱いそうです。「眉に唾を付けて見る」とは、昔の人は良い知恵を伝えてくれたなと私は感謝しています。
後記:例によってとりとめのない子豚文章で申し訳ありませんがこのままにしようと思います。
脈絡の切れ切れに闇が広がって妖怪が潜んでいるような気がします。敢えてこれらを追い払うことは有益ではない、と思えるからです。
2003-03-27
統一地方選が始まる
朝の「子豚のしっぽ」です。起き抜けにコーヒーをいただきながら、まだちょっと寒いですが窓を開けて新しい空気を部屋に入れています。
昨日は所用で隣町の立川に行って来ました。ちょっと歩いてみましたが、店子が去っていったビルやデパートのフロアーが目に付きました。かくゆう子豚が以前勤務していた店舗も移転。
開店準備から退職するまでいた、好きな店(と仕事)でしたが内装が壊された後の打ちっ放しのコンクリートを久々に見て感慨深かった子豚であります。
-■-
「首都攻防」と伝えるニュース。よく見ると統一地方選が始まり、東京都選挙区で各知事候補が第一声。アラビア半島とTOKIOで同じことばを使うセンスがちょーグロい。
3月の子豚賞・2003
- なぜ自由の女神を壊さないのですか?
- フランス産ワインを道に捨てて気勢をあげるアメリカの人々に
- その場の雰囲気で決める
- 略*
- まさに悲しむべきこと
- ローマ法王庁。神の名を引き合いに出し、戦争を正当化していることは
- お母さん、ボクが持つ
- スーパーで買い物袋を持つ小さな男の子。優しいよね
子豚賞とは:心に残ったワンフレーズに贈る賞です。「大賞」は年末あたりの予定です。
2003-03-25
純粋理性?時代の雰囲気
雨の朝の「子豚のしっぽ」です。朝一のコーヒータイム中です。ちょっと前から「勝ち組、負け組」という言い方が気になっていました。
デフレ経済下(供給過剰下)で業績を伸ばす企業を勝ち組と呼び、同じようなビジネス・モデルや老舗などが市場から退場を余儀なくされるや負け組として対比してみせる、TVやニュースでおなじみのあれです。
企業決算に見るように四半期毎の業績やその日その日の株価に一喜一憂する現在にあって、フローに基づいてほとんど瞬間的に「勝ち負け」と判断をすること。
「おまえ(の会社、あるいは仕事)は勝ち組?負け組?」なんだかこんな言い方が合っている世の中の短兵急の心地よさのようなものを感じて、私は違和感を覚えます。
−■−
イラク戦争が開戦して、世論調査では攻撃支持派と反戦・非戦派が相半ばしているそうです。
支持派の意見には北朝鮮への今後の対応に日米同盟(正確には米の軍事力)が必要である、という含みが大のようです。
ブッシュさんは嫌いだけれど北朝鮮に攻撃された時、この国の安全は米国の軍事力に頼らざるを得ない、というような評論家某氏の意見をTVで聞きました。
更には、経済と軍事をアメリカに依存する以上は追従するしかないという「純粋理性」を与党幹事長が堂々と口にもしていました。
しかし、米国支持について首相が説明不足であると考える人が圧倒的多数であるということは、この世論調査の判断は「…しかし、説明することと議論することが尽くされていない」と付け加えざるを得ないものであることは明かだろうと私は思います。
今ここには「ある空気」が漂っているように私は感じます。
議論を尽くして合意を目指す姿勢とは正反対に、「その場の雰囲気」で暗黙の了解を持とうという目配せ・先送り・思考停止・諦め、といったものでしょうか。
議論の苦手なこの国にとって今の困難に光明を見出そうとすれば、意志決定の行程を明らかにする議論の積み重ねによって理念の実現や新たな国際関係を模索する入口に立っていると見ることが出来るのではないか、と私は思います。
戦争を外交の一形態と考えれば、この国はこれを世界に誓って禁じました。では何が出来るのか。
このような文脈の中に純粋理性や攻撃されたらどうすればいいのか、より先に成すべきことの多さを私は感じます。
世界は2分法で分けることは出来ないし、ニュートンの宇宙のように機械仕掛けでもないと私は思います。何がそうさせているのか、ちょっと考えると真理ということばが思いつきます。
それはきっと熱力学の第2法則と同様に、「考えて、努力して、何かを見出そう」とする人間に備わった逃れることができない内在物なのだろうと私は思います。
地震、津波のような「避けることの出来ない大きな災害」をそれ自体が運命であると諦める前に、私たちは遠い祖先から多くの努力をしています。
氾濫する河川に護岸を築くように、戦乱をいかに鎮め、防ぎ遠ざけるのか。私たちだけが言えることばや出来ることが必ずあるはずだと私は思います。
Never give up !
所詮はChickenなのよねぇ。けれども開き直ることだって出来るだろうさ。Give peace a chance !
2003-03-21
戦争が始まった
おやつ時の「子豚のしっぽ」です。小さなプラカードを持って、町内を一周してきました。体調を考えて“WORLD PEACE NOW”on 3/21(fri.)はパスして、買い物に行ったり図書館に行ったりお肉屋さんに行ったりするいつもの道を静かに歩いてきました。
池澤夏樹さんから届いたメールを引用します。
新世紀へようこそ 097
戦争が始まった
戦争が始まりました。
ぼくたちは長い間、希望をもって戦争を始めさせないよう運動をしてきましたが、開戦は止められなかった。
戦争はなかなか正当化できないものですが、しかしこれほど明快に理不尽な戦争もありません。
国連は認めていないし、アメリカとイギリスの政府に賛同する国はごく少ない。アメリカを除くどこの国でも反対派の国民の方が圧倒的に多い。
査察は続いていたし、イラク側は協力的だった。ブリックス氏はまだまだ査察を続けるべきだと言っていた。
こうならないよう動いてきた世界中の人々が落胆し、憤慨していることでしょう。ぼくもその一人です。
しかし、戦争が始まったからと言って、戦争に反対する理由がなくなったわけではありません。むしろ逆なのです。これから本当にたくさんの人が死にます。早く止めさせるにはやはり戦争反対の意思表示をしてゆくしかない。
今まで以上に力を出さなければならない。
なぜこうなってしまったのか、国連のことを少し考えてみます。
アメリカは、フランスが拒否権を行使すると言っているから決議案を撤回したと言っています。まるで言うことをきかないフランスが悪いみたい。
国連ができた時、一国の勝手な欲望から戦争が始められないよう、安全保障理事会という制度が作られました。主だった国の合意のもとに国際社会を運営してゆく。拒否権というのはそのための最後の歯止めであり、合意がないことの表明です。
今回のイラク攻撃を国連は認めなかった。安保理の中間派6か国、いわゆるミドル・シックスはさまざまな圧力を受けながら、よく踏みとどまりました。フランスが拒否権を使う場面はたぶんなかったでしょう。
だからアメリカは国連を回避した。あるいは無視した。
そして戦争を始めた。
つまり、アメリカは世界を私物化した。
日本政府はたぶん困っています。国連重視とアメリカとの協力の二本を外交の柱にしてきたのに、その二つが分裂してしまった。国連を捨てるというのは外交方針の重大な転換です。本来ならばたくさんの論議が必要なはずですが、小泉首相が口にしているのはすり替えロジックばかりで、まともな説明になっていない。
経済的に多くをアメリカに負っているトルコやメキシコでさえ賛成しなかったのに、日本はアメリカを支援している。これは自主性を欠くだけでなく、非常に危険なことだと思います。
イラクの人々をサダム・フセインの圧制から解放するための戦争であるとアメリカは言いはじめました。
たしかに、ある国で一部の国民が極端に不当な扱いを受けたり、つぎつぎに虐殺されたりしている時、国際社会はそこに介入すべきだという説があります。旧ユーゴスラビアの内戦の時はこの理由によって国連軍が武力を行使しました。
しかしそのためにはどの段階で介入すべきか周到な議論が必要ですし、現実にはそれでもなかなかうまくいかないようです。まだ歴史が浅いし、試行錯誤が必要なのでしょう。
この問題については最上敏樹氏の『人道的介入』(岩波新書)が詳しいので読んでください。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/400430752X/impala-22/いちばん大事なところを引用します——「もし加害者への攻撃が許されるとすれば、それは現に虐殺がおき(ようとし)ており、かつ、加害者に攻撃を加える以外に手段がない場合に限られる。それも国々が勝手な判断でおこなうのではなく、国連のような世界的機関の集団的な判断に基づく、集団的な措置でなければならない」。
いずれにしても今のイラクは「人道的介入」を必要とするような事態ではありません。それが必要なのはイスラエルの方です。
まして、国連がそれを認めていないのにアメリカが勝手に他国の国民を「解放」するのは、武力による内政干渉すなわち侵略です。
メディアに言いたいことがあります。
アメリカ軍の動きを報道することを控えてください。飛び出すミサイルや、離陸してゆく戦闘機、したり顔で成果を説明する司令官、これらは戦争ではありません。
戦争とは破壊される建物であり、炎上する発電所であり、殺された人々、血まみれバラバラになった子供の死体です。水の出ない水道、空っぽの薬箱、売るもののないマーケット、飢えて泣く赤ん坊、それが戦争の本当の姿です。そちらを映すことができないのなら、戦争を報道することなど最初から諦めてください。
今の段階で攻撃側の動きばかり伝えるのは、この道義なき戦争に加担することです。
政治家でも軍人でもないぼくたちは、この戦争がイラクの普通の人々にとってどういう現実であるか、それを想像してみなければいけないと思います。
戦争が始まりました。
戦争に反対しましょう。
# 引用・転送は自由です。
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「新世紀へようこそ」英語版
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ご意見・お問い合わせ
impala[ATMARK]ryukyu.ne.jp
池澤夏樹公式サイト「カフェ・インパラ」
http://www.impala.jp
発行:有限会社インパラ
===(引用おわり)=======
休日で暖かい日。小さい子供を連れた若いお母さんが歩いていたり、猫が歩いていたり、道路を舗装する工事をしている人たちが働いていたり、八百屋さんの店先に新鮮な野菜が並んでいたりと、何の変哲もない日。
こういった日常をいとも容易く取り上げてしまうもの、顧みないものを考えながら、私はいつもの道を歩いてきました。
2003-03-20
ツグミ
夕方の「子豚のしっぽ」です。昨日、今年初めてのツグミを見ました。春分が近づくと必ずやってくるこの小さな鳥と、大きくなった桜の蕾やまだ冷たい風にも、季節の移り変わりが感じられます。
今日、手前桜公園でタマちゃんを発見。ん?鼻先でなにやら突っついています。よく見るとそれはほとんどグロッキーなトカゲですn(’〜’)n
人間のそばに暮らしていても野生を発揮しているのだなぁ、タマちゃんは、としみじみしてしまった子豚であります。きょうはトカゲに夢中で子豚とは遊んでくれませんでしたが、なんとなく子豚も満足な気分であります。
2003-03-19
War Is Over ! , If You Want It .
朝の「子豚のしっぽ」です。トップページをジョンとヨーコのメッセージ&フォト(横田泰洋氏)としました。
とても気分が重い朝です。ブッシュ・小泉の説明をニュースで何度も見聞きしました。戦争支持派の意見も聞きました。
しかし、どのように言い繕ったところで、イラク攻撃がアメリカとその同盟国(イスラエル、イギリス、スペイン、オーストラリア、そして日本)の、イラクから権益・利益を奪い取るための侵略であることには変わりはありません。
ここのところ日本の政治・外交の内幕のようなものが少しずつですが明らかになっているようです。今回のイラク攻撃には国連が一致して支持するというシナリオを描いていたようですが、ことの成り行きは全く別のところへ行ってしまいました。
そこで鍵となるのは「先送り」という選択だったと思います。私はそこに「歴史の地平線」のようなものを見て唖然とします。
遠くは侵略者を追い払った嵐「神風」から太平洋戦争、今日の経済政策まで、なされたことの裏側に、一旦ことが起これば希望的観測に期待をかてしまう性(さが)が顧みられることがないのです。
それは、アメリカには逆らえないから仕方がない選択、ではないだろうと私は思います。
フランス、ドイツ、ロシアの明確な早期のイラク攻撃反対は、アメリカがことを起こすことを前提として、「新しい世界秩序」に対して国論を一致して対処してゆく下地のようなものをなしているよに見えます。
他方、半島問題を持つこの国の現状はどのようになっているのか。その対応はおそらく「その場の雰囲気で決める」以上のものは今のところは持ち合わせていないようです。
世界は、敵対する政治リーダー同士の争いに、慎ましく日々を暮らしながら小さな幸福を分かち合いたい家族たちが人質に取られて、彼我かまわず無惨にも殺戮するという惨めな姿をこれからもさらけ出して行くことになる「しかない」のでしょうか。
War Is Over ! , If You Want It .
2003-03-18
こぶた@i-MODE
昼の「子豚のしっぽ」です。『こぶた@i-MODE』を追加いたしました。携帯端末をどのように捉えるか、まだ試行錯誤中ではありますが、とりあえず「きょうの子豚」「こぶたBN」「お知らせ」あたりでスタートしようと思います。
進攻前夜「その場の雰囲気で決める」
昨夜からずっとニュースを聴いています。ブッシュが着ているパワースーツ(ディベートではおなじみの)は青いネクタイでした。これは「同意を誘う色」なのだそうです。
会見を聴いていて何度かため息が出ました。
ニュースの中で、これから飛行機でアメリカに行く会社員風の人が「あちらで何もなければいいのですが」と言っていましたが、事態はそれほど甘くはないようです。
小泉さんは午後の緊急会見でアメリカのイラク攻撃を事実上容認することになるようですが、戦争を容認すること(=アメリカに従うこと)のリターンとリスクを説明することは出来ないのではないかと私は思っています。
本当に「その場の雰囲気で決める」ことになるのでしょうが、ことここに至って、この国として国際社会に対して唯一出来ることは、戦争参加の信を衆議院を解散して国民に問うことだと私は思います。
2003-03-15
中上健次、ボブ・マーリ、熱狂
朝の「子豚のしっぽ」です。今朝はチック・コリアの「FRIENDS」を聴いています。フェンダー・ローズのうにゃにゃ〜んというコーラス・エフェクトがなんとも良い響きであります。
昨夜はお風呂に入りながら中上健次VSボブ・マーリーの対談を読んでオーラを浴びたせいか、今朝はポカポカスッキリの目覚めでした。
中上:大事なのは音楽がどこから出ているかということですね。
ボブ:そう、ゲットーから出てくる。
中上:ジャズが黒人のゲットーから、フラメンコがジプシーから、ファド、タンゴもそうだし、サンバもリオデジャネイロのゲットーから。
ボブ:そうなんだ。レゲエもやはり苦悩し、戦う黒人達のゲットーから生まれた。(略)レゲエが真実を伝達する音楽だということを忘れないで欲しい。
- Interviewより
- 中上健次著・America,America
- 1984年・角川文庫
同じ本の中にボルヘスとの対談があります。彼には「ブエノスアイレスの熱狂」という著書があります。熱狂という題に何故か惹かれて随分前から探しているのですが未だに読んでいません。
−■−
最近、川に住み着いたアザラシをどうしたらよいのか、ということを遠巻きに見ていると、そこにある種の「熱狂」を私は感じます。
保護やその方法の賛否が入り乱れるほど落ちこぼれて行くものを私は感じています。
漁網にかかったアザラシたちの死を誰がみとるのかを考えても、それは人間の営みのあるところの論議にはほど遠いのではないかと私は思います。
進攻前夜
イラク攻撃の瀬戸際にある今日、熱狂と諦めのような感覚に麻痺しつつあるものは、静かな休日の朝、お茶から立ち上る湯気や香り、子供の笑い声、市場の活気、といった営みの中のいとおしさのようなもの、ではないのかと私は思います。
イラクに対する攻撃は「圧政から人々を解放し、自由をもたらす」のだとアメリカの大学生が昨夜のニュース23・特集の中で言っていました。本当にそう思っているのでしょうか。
アラビア半島を巡る国益を奪い合う「熱狂」からこぼれ落ちた小さな命の営みは、このようなことをいう人々から一番遠いところにいるということを、その傲慢さと共に彼らはまったく気付きません。
2003-03-14
リッチー・バイラーク
朝の「子豚のしっぽ」です。リッチー・バイラークの「EON」ECM/POCJ-2795を聴いています。マイルス・デイビスの1曲目「NARDIS」が特に好きです。激しくうねるようなアンサンブルからピアノ、ベース、ドラムが突然ゆったりとしたメロディーをつむぎ出すところがとても美しいです。
トップページのCSSを更新
トップページのCSSを更新しました。ん?何も変わっていない、で正解です。重複した記述をCSSで整理しましたので表示は元のままでファイルが若干ですが小さくなっています。また、CSS自体もダウンサイズすることが出来ました。
まだ改善の余地はたくさんあるようですがちょっとコツがつかめたようなので「ちょこちょこアップデート」で対応して行こうと思っています。
2003-03-13
私たちも協力している戦争
朝の「子豚のしっぽ」です。経済指標、というのでしょうか。平均株価、為替などがその国への信任を表すというようなことは、私はあまり考えたことがありませんでした。
ドルに対してユーロがここのところ買われているそうです。資金がドルからユーロに移動している、ドル神話が揺らいでいるといえるのでしょうか。
サウジが米国資産を20兆円売却したのはつい去年のことです。身勝手なアメリカに対しての意趣返しだったのかどうかは分かりません(たぶんそうだったのではないかと思いますが)。
が、このような動きに対して「デモクラシーのドミノ理論」で中東のオイルマネー支配を構築する戦端としてのイラク攻撃というものがあるのか、とちょっと想像しています。
日本は世界一の債権国だ、ということをよく聞きますがそのほとんどは対米資産だったと思います。
劣化ウラン兵器にしてもMOAB爆弾にしても、私たちが働いて得たお金が巡り巡って米国債となり大量破壊兵器を作らせ、たくさんの市民を巻き添え死させているとしたら…。
真の「友人」として、イラク攻撃反対の意思表示として日本の資金を米国債からユーロに変えるという方法を考えてもいいのではないかと私は思います。
■大量破壊兵器のための大量破壊兵器
ホワイトハウスから徒歩5分( http://www.smn.co.jp/kanehira/ )
フリーダム・ポテト
米連邦下院食堂でフレンチ・トーストやフレンチ・ポテトの「フレンチ」のメニューを「フリーダム」と議員たちが書き換えさせたそうです。
あほらしい、と思います。が、これには味覚より精神に与える不味感や同調圧力の踏み絵であるとともに、ナショナリズムの高揚や国論の一致といった「戦争をしたい側」の狙いが狡猾に隠されている、と私は感じます。
論理の言葉で説明・説得することよりも劣情に訴えることは往々にして容易いことだろう、と私は思います。フリーダム・ポテトに喝采を送る人々の姿を想像すると私はとても悲しい気分になります。
2003-03-12
ビル・エバンス、対話体のような演奏
昼の「子豚のしっぽ」です。ビル・エバンスのレコードを聴きながら子豚しています。子豚は70年代中頃以降の彼の演奏が特に好きですが、今聞いている「ライブ・イン・トーキョー」や「ALONE」「BLUE IN GREEN」「YOU MUST BELIEVE IN SPRING」などは何度聞いてもいい演奏だなぁと思います。
ま、BGMのつもりがいつのまにか聞き入ってしまうという副作用のようなものが多分にあるので「あ!そういえばマイルスとの競演盤で『11』はあったかな?」などとレコード鑑賞に本格的に突入、となってしまうことがよくあります。
私にとってジャズは聞き流すことの出来ない音の向こう側にあるものとの対話、なのかも知れません。ゆえにビルの対話体のような演奏に惹かれるのかなぁ、などと思ったりします。
2003-03-11
Conscience、Conscience、Conscience…
朝の「子豚のしっぽ」です。子豚・拡大版の左フレームの「index」見出しの文字サイズを8ptから9ptと大きくしてみました。この辺の変更はCSSで簡単に出来るようになってます(ので、また変更するかもしれません....(=^_^;=)。
ユッスー・ンドゥールさんがアメリカツアーをキャンセルしたそうです。ネルソン・マンデーラさん風に言えば「文明に人間の顔をもたらすアフリカからの贈り物」を歌い続ける彼は良心に照らして、アメリカのイラク攻撃に反対しての行動であるとのことです。
Conscience、Conscience、Conscience…、と私は3回唱えてみました。すると、北風でかたかた揺れている窓の音がLoveと呟いているように聞こえます。
さて、コーヒーを飲んでから仕事を始めてみようかな。
2003-03-10
猫の姿を見かけない理由

えぇー、今日は子豚さんに代わりましてタマの「にゃんこのしっぽ」です。約3ヶ月ぶりの登場であります。にゃんとも久しぶりなのです(子豚2002/12/28参照してくださいにゃん)。
実はアタクシ、8日はタマタマ銀座におりまして、でもというものを初めて見ました。なんでも4万人が行進したといいますからネ、スゴイ人出でありました。
ん?なぜ銀座にいたかですって?それは猫集会が野音(←にゃおん、と聞こえる)であったからなのです。ぐーぜんですよ、と言っておきます。
手前桜公園の老桜の蕾がすこーし大きくなって来ましたにゃ。ワタクシのひげアンテナによりますと今年の開花は、ま、例年どおりといったところです。今年も老桜の元で毎夜盛大に猫集会が行われるでしょうにゃ。
ま、このようにちょっと先を予想しながらインスタレーションして暮らすのが猫の本領でありますにゃん。
しかし、ここのところひげアンテナ感度が少々落ちているのが気にかかるところではあります。人間世界が軋んでいる音が大きすぎて、微かな気配がかき消されてしまってとても神経を使うので昼間はぐったりと寝て過ごしています。
最近、猫の姿を見かけないのはそんなわけですにゃ。
2003-03-08
“WORLD PEACE NOW”on 3/8(sat.)
今日は“WORLD PEACE NOW”on 3/8(sat.)アクションにネット上で参加することにしました。銀座をFFスタイルでアクションの皆さんと歩きたかったのですが体調を考えて次の機会を待つことにしました。
「私は神に祈っている」「我々の側か、イラクか」「戦争と平和を選ぶのなら、誰だって平和の方がいい」と一国の指導者たちは言います。
これらの言葉は一見もっともらしく聞こえますが指導者が語る言葉というよりは、自己愛からの「モノローグ」にしか私には聞こえません。
圧倒的な反戦・非戦の世論は、平和な暮らしを営みたいと願う民衆に強いられる理不尽な犠牲に皆が同情している、その表れだろうと私は思います。
戦争開始の号令は、家族の小さな幸福を踏みにじるいかなる政府も支持を失わせ、政治的無差別暴力(テロリズム)と同様に怒りの対象にする、と私は思います。
2003-03-06
HTML、CSSファイルの見直し
昼の「子豚のしっぽ」です。Web Site更新毎に各HTML、CSSファイルの見直しをしています。表示に支障がないような誤記・誤用や「饒舌」な記述などが時々見つかります。
なんといいましょうか、猫の蚤取りか昆虫採集か、お?みーつけた!えい!かしゃかしゃ(←キーボードをたたく音)と変更すると表示が、変わりません。それでいいのですがナンとも自己満足的なひとときを楽しんでおります。
歴史の事実
「世論の動向に左右されて正しいかというのは、歴史の事実をみればそうでない場合も多々ある」昨日の参院予算委員会でイラク攻撃反対の圧倒的な世論をどう考えるかの質問への小泉さんの答えです。
なるほどなと私は思います。具体的に歴史の何を指してそう言っているのかは、相変わらずのワンフレーズで私には分かりませんがそういうことはあったのではないかと思います。あるいはこれからもある、と思います。
おそらく、そのようなときは真実が歪められ隠され、得体の知れない熱狂と暴力の前に、あるいは無関心の前で、なし崩し的に誤ってきたのだと私は思います。
さて、その言葉を引き合いに出せば、民意がブッシュさんを選んだこと、小泉さんを選んだことを「歴史の事実」はどのように見るでしょうか?
このまま事態を戦争へと拡大・激化させるのなら「間違った」と歴史に刻み込まれると私は確信しています。
これら指導者には一種の「機関説」もあるようですが歴史は彼ら個人(と私たち)が背負うことに変わりはないと私は思います。
歴史は決して不義の側に味方せず─「世界的な反戦への意思表示(と民意)に背いて他国を侵略した指導者と協力者」になる前に平和を作る方法はまだあるのだと世界は声をあげています。
2003-03-05
春近し
朝の「子豚のしっぽ」です。起き抜けの、いれたて熱々麦茶で子豚しています。
えー、昨日はお茶うけに柿の種が食べたくなりまして、近所に買い求めに行きましたのでございます。(ムム、なんか違う出だしだなぁ。)てくてくと歩きながらふとフェンスの向こう側を見るとふきのとうが大きく伸びていたのでございます。
なるほどなぁ、散り散りになったオシリスの体は春になると芽吹いて人々に豊穣をもたらした、という神話が思い起こされるのでございます。(蕗味噌、天ぷらにして‥などとならないのはどーしたことでありましょうや)
凍てついた地面から土の濃い香
2003-03-04
民主主義を疑う、NO WAR !
こんにちは、昼のいこいです。おっとっと!「子豚のしっぽ」です。NHK・昼のいこいを聴いています。ほのぼのBGMにナントカ農事水産通信員さんたちのお便りが楽しみな子豚であります。
−■−
失われた10年─もう少し広く見ると冷戦崩壊からイラク攻撃直前のような現在まで、たくさんの神話が信じられなくなったようです。
一つは成長神話。経済は永遠に右肩上がりに成長してさらに豊かになる。一つは市場経済神話。調整規制を撤廃して自由な競争でコストダウンと利便性を高める。それらは世界的な供給過剰と大資本による富の寡占化とその偏在をドラスティックに進めたと私は思います。
そしてもう一つ。「民主主義」。
選挙民によって選ばれた代表者がその総意の実現を目指すもの。もっともここのところの国際政治の動向に見ると為政者にとってはたいへん好都合な神学用語にすぎないようです。
民主主義、自由、正義とあたかも普遍的であるようなこれらの言葉こそ、今一番疑わなければならないもののように私には思えます。
−■−
トップページに「NO WAR !」を追加しました。新しいアクションがありましたらここに更新しようと思っています。
2003-03-03
規制緩和=便利、とはいえない
朝の「子豚のしっぽ」です。暖かい麦茶を飲みつつ子豚中です。
昨日は図書館で本を借りたついでにちょっと街の様子を偵察してきました。昼食前だったのでコロッケ(子豚2002/11/01「にゃんこ」参照)を買おうと思いましたがいつものお肉屋さんはアイニクの日曜日でお休みでした。
ま、お肉屋さん自体が少子化といいましょうか、少ないわけでこのような場合はスーパーへ行けば買えるのですが揚げたて!ほかほか!という子豚の厳しい条件には、誠に残念ですが答えられないのです。
子豚が子供の頃、お肉屋さんは自転車行動半径に5,6軒(同じぐらい魚屋さんも)はありました。したがって「町内コロッケ番付」が作れました。そういえばソースを掛けてくれるところもあったなぁ。ガッコ帰りに買い食い(←これは死語か?)したよなぁ。うふふ
大規模小売店(流通革命?)による「価格破壊」や高齢化の前に個人商店街がシャッター通りになってしまうのは全国的なようです。
スーパーはアメリカのモータリゼーションや郊外立地を生かしたビジネスモデルであろうと思われますが最近ではちょっとした生活用品や本などが近所で手に入らないといったことが結構あります。
これらは「規制緩和のたまもの」でもありましょうが規制緩和=便利、とはいえないという意味でうーむ、と子豚には考えさせられます。今回の場合はコロッケ、でありますが。
2003-03-01
更新など
3月1日の「子豚のしっぽ」です。子豚関係を少々お色直ししています。↑の日付のところと拡大版バックナンバーのIndexを1年分ごとにまとめてみました。
当ホームページはウェッブ・スタンダード(W3C)に出来るだけ近づけようとHTML記述を書いております、が、いかんせん誤記やタグの誤用などがそこかしこに潜んでおります。夜になるとちょろちょろ出てくるあの虫のようであります。(また、ちょっとオーバーデザインかもしれません)
しかし世の中とは良くできたもので、ブラウザ側の解釈に「ゆとり」のようなものがあるようで、子豚ページをレンダリング中に「おや?alt属性が書かれてないぞぉ?meta文字が使われている!バーロー!!」なんて心の中(?)で思いつつ「ま、今度だけは許してやるけん」みたいになっているのかなぁ、と思います。
表示確認はWindows環境でIE6 SP1、Netscape 7.02に加えまして本年度よりOpera 7.02でも行っております。

