2002-06-27
2002-06-26
見えざる手の中で
昼の「子豚のしっぽ」です。近所に7匹、猫がいます。それぞれ個性的な顔をしています。夕方、少し暗くなり始めると決まった場所に集まるようです。
その「集会」に参加したことがありますが、目線を外しながらしゃべるでもなく、ただ静かに佇んでいるというだけに見えるのですがところどころに「猫作法」があるようでなんとも面白いなと思います。
そこには猫の生活信条といいましょうか、「付和雷同しない」「個として生きる」とでもいったことがそのサバイバルの原点にあって、それがどうも「じっと見つめる」あの猫の目の冷ややかさを生んでいるのではないかな、などど思ったりします。
彼らの空間感覚にもそれはあるようで、どうもそのテリトリーには明確な線引きがあるようで回廊のような通路がそれを結んでいるようですが、そこはいわば勢力図が交差する場所のようでかなり用心深く通過しているな、と植え込みの通路Aをのぞき込む「クロチビ」君のネコナデ肩を見ながら思ったりします。
生き物全般はその身体能力を発達させて自分の生活環境を居心地の良い快適なものにしてきた歴史があると思いますが、人間のように「デザイン」した空間を自ら作り出すようなものはかなり少数派ではないかと感じます。
たとえば「テーマパーク=遊園地」。山、海、怪獣、ライオン、ミッキーマウス、冒険、ロマンス、休息、フライドポテト等々、何でも揃っています、あるデザインの元に。
猫先輩に話が聞けたら面白いなと思いますがどーも「子豚」には居心地がよろしくない。なぜかなと考えてみるとそこにはたった一つ、あるものが欠けているのです。ある意匠が排除しようと努力したもの、それは「危険(危機)」というものだったのではないかな。
身体的にも「精神的」にも危険が徹底的にが排除された「世界」にいるということの代償の一番大きいものは、その意匠を気づかないこと(その意匠を考えた人や組織の存在に気づかないこと)であると思われます。
−■−
なぜ、この国の政治・経済が混迷するのか。なぜ有事法なのか。なぜ個人情報法なのか。なぜ住基ネットなのか。ひとつひとつの事柄が何かのデザインに基づいているのではないか、見えざる手の中で進行しているのではないかと私は感じます。
2002年は戦争の年にする、先制攻撃もする、核攻撃もする、という意匠の存在をどうも忘れているいるのか、忘れている「ふり」をしているのか、この国の混迷ぶりもかなり「意」に添ったものではないか、などとも勘ぐってしまいます。
その意味でW杯の熱狂は意味深長です。この時代の「コロッセウム」の外側にある無関心と享楽の発達は、現にある悲惨と忍び寄る戦乱とを覆い隠すことが出来たのでしょうか?
- ゴドーを待ちながら
- サミュエル・ベケット
「…だから難しいことを考えるのはよそう…楽しいことだけ考えよう……」と、うろ覚えで間違えているかもしれませんがこの戯曲のセリフはこう続いていたと思います。見えざる手は何かを「想像すること」も巧妙に取り除いている、ようです。
2002-06-23
ディフェンス陣
日曜日の「子豚のしっぽ」です。
家にぽつんと一人でいますと巷のサッカー熱狂がTV(と一部掲示板)の中だけのもののように感じます。にわかファンを自称する子豚でありますが、トーナメントが進むにつれてスポーツを楽しむこと以外のどーでもいいようなことがちょいと鼻につき始めたようです。
ま、それも楽しみの一つではあります。あるコラムを読んでいますと、これもサッカーに関することですが外国の方からすると、スタンドににこやかな女性がたくさんいることに驚くとのこと。彼の地ではサッカー場は「男の世界」で、ゲームの行方によっては暴動に発展、死者も出るなどの荒々しきもの。
ソウイエバ「ふーりがん」さん達がだいぶ話題になりましたが、どうやら(超)過剰反応だったようです。遠い・旅費が高い・チケットが高い・ビールが高い・言葉が分からない等々、警備体制よりも強力な「ディフェンス陣」のおかげだったということでしょうかね。
2002-06-19
何かが足りなかった…
昼の「子豚のしっぽ」です。今日は梅雨の合間の良い天気です。昨夜は雲一つない夜空に、絵に描いたような半月がくっきりと浮かんでいました。近所でごん太とチャーリー(子豚が勝手に命名したのら猫たちです)の鳴き声がしました。うん、猫集会にはもってこいなナイトであるなと思いました。
「何かが足りなかった…」再三、得点のチャンスを逃して0−1でトルコ代表の壁を乗り越えることが出来なかったサッカー日本代表の司令塔・中田(英)さん、ゲーム後の言葉だそうです。
いつもながらの彼らしいシンプルな言葉ですが、これから4年後のW杯に向けて、この「問いかけ」は皆に共有されることになったのだと私は思います。
したがって、私は「感動をありがとう」とも「よくやった、ご苦労様」とも言うことはしないことにしました。同時代を生きるという意味でこの「何か」は、日々の暮らしから未来へと途切れることなく続いていると思うからです。
それぞれの場面でそれぞれが問いかけながら、おそらくそれはいくつものゴールポストのように立ち現れるのだろうと思いますが(できることなら)彼らのような勇気を持ってPractice—Challengeして、そしてそれらのことを楽しんで行きたいなと私は思います。
2002-06-18
ソボクな疑問
朝の「子豚のしっぽ」です。雨が降っています。名曲「ストーミー・マンデー」の火曜日はさらにBudと唄いますが、金曜日にイーグルが飛んでこない子豚であります。日曜日にも祈るわけではないので、雨はかえって心落ち着くような気がします(??)。きょうの子豚はちょっと分かりづらいブルース・ネタからスタートです。
サッカーのゲームを見ていますと凝縮した緊張が解き放たれるようなシュートの瞬間やほとんど格闘技のような選手のぶつかり合いに目を奪われます。にわかファンの子豚ではありますが「ないす・きーぱー!」などとTVの前で盛り上がっています。
しかし、選手達が明らかに手を使って相手の選手を掴んでいるのを見て「たしかキーパー以外は手を使っちゃぁいけねぇーはずだよなぁ?」とのソボクな疑問をいつも感じていますが‥
トーナメントが進むにつれてイエローカードが次々と出されるゲームが増えています。が、今日的なルール解釈というのもけっこう面白いところで(手掴み行為に比べれば)遅延行為・過剰な抗議・だまし行為など結構厳しく取っているところなどが興味深いです。
目の肥えたサッカーファンの側から見れば、より卑怯な行為に映ることを厳しくコントロールする意味や意志があるということでしょうか。
−■−
鈴木宗男さんにレッドカード—報道では明日19日にもあっせん収賄容疑で逮捕かと取り上げられています。
いろいろと追求されてはきましたが、与党の「議員辞職決議案は時期尚早」や「出処進退は自分の判断で」などとイエローカードを突きつけられては助けられた形でここまで来たのでしょうが、とうとう来る日が来たなというところでしょうか。
外務省疑惑は機密費事件にしてもプール金問題にしてもなににしても「個人の犯罪」から「組織の犯罪」立証へとはなかなか進んではいないようですが官僚側の背任、政治側の収賄と既得権益に突きつけたレッドカードは重く厳しいもの、といえるでしょうか?
2002-06-17
カラスと子犬
朝の「子豚のしっぽ」です。タチアオイの花が咲いています。
最近、朝早くにハジブトカラスたちが騒いでいます。けっこう鳴き声が大きいので5時ぐらいに目が覚めることもあります。近所にペットショップができてから犬の鳴き声もするしと、何やら賑やかです。
カラスが憎らしくて子犬が可愛いか、といえばカラスはサッカー日本代表のエンブレムだし、ペットショップの子犬は狭い水槽の中に閉じこめられて痛々しいし、どちらも人間のご都合よろしく、強いて言えば子犬は高く売れる、ということ。鳴くのは子犬もカラスも勝手でしょ、というわけでしょう。
しかし、ムカシは子犬は拾ってきたり貰ってきたりするものだったし住宅地にカラスはいなかったような気がしますがそう思い当たりませんか?
2002-06-15
既得権益
にわかサッカーファンの「子豚のしっぽ」です。道頓堀川・戎橋から延べ900人が川へダイブ、1人が足に怪我!アホなコトするわいぃ、ササもてこい!とちょっと関西テイストで子豚もここTokioからピピッと電波を送らせていただきました。
川へのダイブを法律で規制できないかと、関係方面が「ダイブ」論議したようですが恐るべし!あと3回これが続いたら首都方面にも「戎橋」を作らねばバランスが取れん!などという議論は、まぁ起きたら面白いな。
ここ当分はいろいろなニュースをサッカーに例えることが続きそうなようです。「お祭り騒ぎ」の影で、さしずめ、混迷するこの国の政治・経済の状況は「司令塔不在で迷走中」とでもいえそうです。
経済関係のTVニュース特番の中で「何(どのような政策)が景気回復にとって必要か」の問いに「政権が変わることだ」とミスター・YENと呼ばれた元財務(大蔵)官僚が言い放ったのには、正直いって私は驚きました。
しかし、サッカーではチーム成績が不振だと即、監督交代があたりまえのようです。「永久名誉監督」などもないと思います。そもそもサッカーには「既得権益」が無いのですから。
ものを言うのは結果であって、チームを強化して早くに勝利をもたらすことが彼(監督)の仕事です。勝利がないということは「契約違反」というわけです。
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「構造改革を阻止する抵抗勢力は、自民党でもぶっつぶす!」という言葉と小泉内閣発足から1年以上が過ぎました。構造改革の道筋はすでに見えていなければならないのですが、既得権益を崩すことはおろか、最近では郵政民営化議論のように政権延命的な「利害調整」が目に付くようになったようです。
この問題の核心の一つは郵貯の「財政投融資」という既得権益なのですが、議論の方は「民営化して小さな郵便局を潰してはならない」という風に構造改革論議を見事に隠蔽しています。
「天地人」というように—勝利には天の時、地の利、人の和といったようにそれらはある一時、手が届くようなところにあったのだと思います。それを捕まえることができたのか、できなかったのか。「新しい歴史を築いた」というトルシエの言葉はそれが今、彼らの手中にあるのだということを示していると私は思います。
日本の司令塔=小泉総理の去就はトルシエのそれほどに関心を呼ばない「ファンの心(人の和)」から遠いところに行ってしまって、天の時はすでに失われたかのようです。
これらを別な見方をするとこちらの「ゲーム」は誰が(地の利を生かして)勝利しつつあるかは自ずと見えてきますが、まだゲームは終わっていないと私は思います。
どこに起死回生のパスを出せばいいか、サポーター達は分かっていますし、それを期待して待っているのだと思います。
2002-06-14
めんフィス・アンダーグラウンド
おやつ時の「子豚のしっぽ」です。えー、昨日の夕食は急遽、みそラーメンに変更しました。青梗菜がとても美味しそうだったので、どーしても食べたい!どうやって?と買い物しながら考えて、よし!野菜たっぷりでみそラーメンをということになりました。
ラーメンは生麺タイプにして硬めに茹でて、中華鍋で野菜各種を炒めてみそスープを投入、コチュジャン、胡椒で味を調えて完成!はふはふはふ…とハービー・マンの「メンフィス・アンダーグラウンド」を聴きながら食べたのであります。
「うーむ、60年代のとんがったジャズにはみそラーメンが合うのう!」などと訳の分からないことを口走りながら「お?いけね、ごはんごはん!」とさらにディープなラーメン・ライス部門へと突入すると「ん?ビトウスの縦乗りベースかぁ?いやー、これはイイ!!」などと、ジャズは縮れ麺のごとくラーメン世界と一体化して行くのであります。
お、そろそろチュニジア×ジャパンの前振りが始まるようです。きょうの子豚はここまで。
2002-06-13
個人情報保護法=個人情報管理法
雨の朝、Part2の「子豚のしっぽ」です。子豚の朝はメールと各新聞サイトのチェック、それとコーヒー(しかし自分でいれたコーヒーというのは美味くないのう)で始まります。
新聞サイトのチェックはNetscape7、mozilla1.0の「タブ・ブラウジング機能」を使ってアサヒコム、読売オンライン、西日本新聞、沖縄タイムス、東京新聞の各サイトを一気に閲覧しています。
おなじニュースでも記事が微妙に違っているところを「ふーん‥」なんてコーヒーをズズズとすすりながら起きたばかりの脳を活性化させよう、という魂胆ですがこれがなかなかそうは行きません。
レーガノミクス、サッチァリズムなど、いわゆる「新保守主義」の政策は「言葉の意味の言い換え」に特徴があった、とどこかの記事(あるいは本)を読んだ記憶があります。「福祉政策」とは「福祉の切り捨て」というふうに。
一見、「美名」と思えそうな、その言葉とはうらはらな内容を持っている法律を誰が望み、考え、推進するのか。ここのところの「個人情報リスト」問題から見えてくるのは「個人情報保護法」が「個人情報管理法」の言い換えだったということだろうと私は思います。
寝ぼけた脳にこの手のクイズを強いることが良いことか、悪いことかは分かりませんが、その「誰か」にとっては、あまり望ましいことではないだろうなと私は思います。
2002-06-12
後は野となれ
梅雨入りの「子豚のしっぽ」です。東京・昭島では、朝から霧のような細かい雨粒が静かに降っています。紫陽花がこの季節に「よ!音羽屋ぁー」と子豚らしく言いたいぐらいベストマッチですが、ここはすこーぅしほろ苦く内省的に自分の過去を振り返ってみる、なんていうのもいいかもしれません。
一昔前、子豚はサラリーマンしていましたが、新人社員さん達に「マニュアル通りではダメなんだよ」なんて、居酒屋で曰(のたま)っていたようであります。今になって考えますと、件の新人さん達はかなり戸惑ったでしょうな。
会社には人事部があり、新社員がまず最初に受けるのはマニュアル教育ですが、さて希望に燃えて(?)各所に配置されてから「…ダメなんだよ」と言われたらね。
でもそこにはこうも言葉が続くのです。「それ(マニュアル)を無視するぐらいに、どんどんやってみればいい」「もしもの時はオレが責任を取る」と…。
「自衛官は暴走するくらいの方がいい」—某党・国防部会というところで法律違反が明らかとなった防衛庁の個人情報リスト問題についての(防衛族議員の)会合の中での発言をニュースで知りました。
この言葉、まぁ素直に聞けばどんどんやりなさい、(発言者は)責任は取りませんけどね、と私には聞こえますが個人情報法が成立すると「相当の理由」でもって恣意的にこれが可能=合法になる。
8月から導入されようとしている住民基本台帳ネットワークと組み合わされると、あの個人情報リストの本当の意味が察せられます。アサヒコム(http://www.asahi.com/national/update/0612/010.html)
2002-06-11
サンディーさん、ぬちどぅたから
朝の「子豚のしっぽ」です。珍しく、朝からTVをつけてみました。すると教育TV「おしゃれ工房」にサンディーさんが出演中というなんともハッピーな「フラ」ハワイアン・ダンスの番組が。いやー、朝から縁起がいいわいと、しばし見入っております。
色々なステップを紹介しながら「上半身はいつでも平和に保つのです」とのサンディーさんのお言葉が胸(と目)に染み入るようであります。
番組の中でフラ教室の若い生徒さんへのインタビュー「フラを踊っていると自然と笑顔になるのです」のお言葉に子豚はしばし、ブラックサンドの浜と紺碧の海と空を想像しました。
命どぅ宝—「ぬちどぅたから」沖縄の言葉で命は宝物のように尊いといった意味があるそうですが、命の祭祀にふさわしい島の踊りを見ながらの朝食は、なぜか昨夜の残りのカレーでありました。
追記:たしか「小さな花のようなラーメン店(子豚05-19)」でも同じようなエンディングでした。子豚のカレー好きにはプピプピ!でありますな。ここで情報を。JR中央線・日野駅の北西側にネパール人がやっている本格カレー屋さんがあります。子豚のお気に入りはランチタイムの「辛い辛い」でマトンカレー・セット(カレー・ナン・ごはん・サラダ)+ラッシィー+おかわりナンです。
けっこうボリュームがあります。サンタフェ調の見るからにハンドメイドの室内に(おそらく)北インドの音楽が静かに流れています。ママさんの笑顔がやさしく迎えてくれますよ。
2002-06-10
完結・釣行記
…(つづきです)街灯が灯り始めると、ちらほらとカワゲラやヒゲナガが飛び始めました。
準備万端—7’9”に#12・エルクをダウンクロスでアクションを付けながら流れを横切らせる釣りになるのでリーダーを短くカットして5Xのティペット(ちょっと細いかなと思いながら)を継ぎ足してあります。
辺りが暗くなり始め、少しずつ釣り下りながらダウンクロス→アクションをくり返すと時々不意に「ばしゃっ!」と流れが弾けるようなしぶきが上がります。しかし、なっかなか針掛かりしない。結局はいくつも「ばしゃっ!」を見るだけでこの日の釣りを終えました。
川を上がってコーヒーを買おうと自販機に行くとヒゲナガさんが集合中(彼らもコーヒーが好きなのかね)でした。思わず「こんなところにいたのぉ〜、こんばんわ!」と子豚はごあいさつしてしまいました。
もう一度、川に降りても…と思いましたが「ま、いっか!」とここでも大きな独り言を発してからゴキュッ!と缶コーヒーを飲んだのでありました。おもしろムズカシのFFの1日は、こうして夜の帳(とばり)に消えていったのであります。(−完−)
−■−
ついに感動の完欠!初の釣行連載(らしきもの?悪文陳謝!)完了の「子豚のしっぽ」です。
ゲリラ・イベントで盛り上がろう!
ゴール!!やりましたねぇー。正真正銘の初勝利!「やったぁー!」の雄叫びがこの列島中で上がったことでありましょうなぁ。稲本さんのゴール後の「ノー・パフォーマンス」ぶりもさることながら、11人が一つのボールに心を通わせた90分は半日経った今も、静かな感動を子豚に残しています。
さて、ちょっと面白そうな「ゲリラ・イベント」が首都圏で行われているようです。題して「自転車発電でWサッカーを見る」街頭パフォーマンス。未確認情報ではありますが昨夜は新宿西口辺りに出没したようです。
自転車を「人力」でこいで発電した電気でTVをつけて、みんなでロシア・日本のゲームを見て盛り上がる。こぎ手が疲れたら交代するということですが当然、安定した電力供給は不可能でありましょう。
いい場面でTVが映らなくなったり、こぎ手への応援の方が盛り上がったりと大変な人だかりが出来て道交法所管方面の役所から「すわ!フーリガンか」などと緊張する場面があったとかなかったとか。
「商用原発52基、廃炉費用は3兆円」(30兆円という試算もあるそうです)などというニュースの通り、日頃は空気のようにほとんど意識していないエネルギー安定供給の対価は大きいのだということを1/4馬力(ぐらいかな?)の人力でもって示したパフォーマンスなのだッ、な〜んてカタイことぬきに遭遇できたら子豚もちょっと参加してみようかなと思っています。
ニッポン、チャチャチャ!ニッポン、チャチャチャ!
2002-06-08
続々・釣行記
…(つづきです)午前中はこんな感じで楽しみました。気温が上がり、川に陽が直接差し込むようになってもこの釣り方は有効だったようですが、問題は「合わせ」。ロッドの胴に乗せるようなソフトな合わせをしないとプッチン!とティペットが切れてしまうので心臓はドキドキでも頭はクールでなければ、と自分に言い聞かしても…やっぱりアツくなってしまいますね〜。
昼食を取りながら情報交換。#14・エルクによく反応するとのことで、午後は200mほど追い越して流れに立ち込まないように#14・エルク+#22・ニンフのトレーラーで釣り登りました。ロッドは 「Mountain Solitaire 」7’9”/ #3 / 4P。6’6”とどちらにしようか迷いましたがディスタンスやライントラブルを考えての選択をしました。
夕方のヒゲナガ・タイムのよい場所を見つけながら流れを釣る、といった感じで釣り登りましたが反応するのはチビ助君ばかりでした。陽が西に少し傾いたところでコーヒーでちょっと一服。
うーむ、結構渋いなぁー、とりあえずイブニングは「キスミ」前後(たくさん魚が入っているしね)でということでヒゲナガさんご登場まで、ふたたび午前中のようなヤマメ釣りに再度トライと相成りました。(つづく)
生活に喜びや楽しみを与えてくれるものを大事にしたい
巻頭釣り巨変・第2弾!の「子豚のしっぽ」です。
アルゼンチン×イングランドはいいゲームでしたね〜。ベッカムのPKに解説子「魂が入っている!」には子豚してしまいましたがゲーム中はCMなしというTV局の潔さも○です。
もっともそれをやったら抗議(それも近ごろ話題のサポーターさん達)の雨あられは目に見えていますが。しかし、アノ場所にマラドーナがいなかったというのは、大相撲でいえば横綱欠場のようで子豚には誠に残念でありました。
出し遅れの証文よろしく、アノ外務省は入国を認めるとのことですが(私の記憶では)「米英国のように爆撃に行くわけではない。サッカーを見に行くだけなのだ」という入国拒否に対する抗議が利いた、わけではないようです。
かつて、ジャズファンにはおなじみのアート・ペッパーが来日した時、彼のヘロイン中毒は知れ渡っていたのでまず入国出来ないだろうというのが大方の意見でしたが吉祥寺・サムタイムで手が届きそうな場所から二の腕のタトゥーを見ながら彼のパワフルなアルトサックス演奏に興奮していた自分を今でも思い起こします。
生活の安全を守る法に異論はありません。がしかしその生活に喜びや楽しみを与えてくれるものを大事にしたいと子豚は思います。昨夜のカードはそれを大いに分けてくれたと思います。その意味でマラドーナの入国のごたごたは例のチケット問題と同等だと、にわかサッカーファンの子豚は思うのであります。
ソウイエバ エイコクノ オウゾクガ カンセンニ ライニチスルラシイノデ ソレニ ハイリョシタ ニュウコクキョヒ ナンテコトハ ナイノデショウネ
祝!Mozilla 1.0 リリース
Mozillaが開発着手から4年で正式版「1.0」をリリースしました。子豚はこのブラウザを0.9.8から使い始めた初心者ですが、「オープンソース」「開発者向け」という意味やユニークさが最近になって薄々ではありますが見えてきたようです。
サーバー部門では「Linux」が有名(もちろん個人ユーザーさんもかなりいらっしゃいます)なようですがオープンソースという、いわば「コミュニティー」のパワーやガーバナンス、トラストといったものが企業の「クローズドソース」ソフトといい意味で切磋琢磨しているということの意味は、よりよいコミュニケーション・ツールとしてのインターネットの在り方を考える上で示唆に富むなと私は思ったりします。
Commons—共有する、共有地といった意味の言葉ですが、皆が利益を享受できる「地帯」「共同体」というものを囲い込み分解して切り取ったものがニーズとなり、それを生産して利益を上げる産業経済社会は、たかだかここ200年ぐらいのものだろうと思われますが、社会的にも環境的にも大きな軋轢を生むようになったようです。
過剰な企業の論理—利益追求とその分配が公共性に反していないか、「フェア」であるのかに関心を持って行動=選択的に購入する人々の登場とともに独占・寡占ではなく「誰もが参加できること」「技術の標準化」に対して注意を払う技術者、アーチストの存在は、生産と生活が一体化したような昔の共同体=村の生活のような懐かしさ(やSustainability)を私に感じさせます。
- もじら組(http://www.mozilla.gr.jp/)
- うらもじら(http://village.infoweb.ne.jp/~chado/moj/)
- mozilla.org(http://www.mozilla.org/)
2002-06-07
続・道志川に行ってきました
…(つづきです)同行者がいるとき、意識的に釣り方を変える時がよくあります。自分のスペースをいかに作り楽しむか。道志川ぐらいの規模と「混み具合」の川を考えると(私の考えでは)他のアングラーを邪魔しないように歩きつつ、同行者に付いて(あるいはリードして)行くのはけっこう大変だなと思います。
(ここで「子豚」に変身!)オレって釣り歩くの遅いしなぁー、うーむ、ドライの釣りは小澤さんにお任せて、むふふふ…となった次第です。
ここでちょっと道具仕立てを。8’0”/#2−3は「Twiggy」の2ピース仕様。リーダーは6X・9フィートにティペットには7X+8X+0.1号を繋ぎます。フライは#26・ニンフです。このロッドはこんなタックル・バランスを考えたものです。もともとは私の忍野スペシャルなのです。
さて、お魚さんの位置を確認して真横、ないしやや上流の3〜5mに姿勢を低くポジションしてキャストしながらラインの長さを合わせてヤマメの反応に注意を集中します。ちなみに「バブルマーカー」を付けると即、見切られて(※)しまいますのでノーマーカーです。
流れの中でフライがヤマメに到達したと思われ、ぎらり!と動いたときが「合わせ」のタイミングとなります。むむ!来た!なんと1匹目は「尺ハヤ」でした。とほほほ‥(つづく)
追記:試しに粘土状フローティング・マーカーを「お米粒」ぐらいの大きさでフライから40cm位のところに付けて試したところ「ぎらり!」が無くなりました。マーカーが付いているのでフライの位置調整はやりやすいのですが連日の「教育効果」を発揮する(と思われる)ヤマメ君に脱帽ですな。
2002-06-06
道志川に行ってきました
朝の「子豚のしっぽ」です。日中はだいぶ気温が高くなってきましたが明け方はちょっと涼しいですね。こりゃ、お腹を出して寝ていると名曲「祭囃子が聞こえる」を個室(朝からすんません)で口ずさむことになってしまうという今日このごろであります。
昨日はオザワ・ロッドの小澤さんと道志川に行ってきました。天気は晴れたり曇ったり+通り雨で、なんともゴージャス!先週よりは水が引いて釣りやすいな(釣果は別ではありますが)といった感じです。
釣った場所は、キャッチ&リリース区内の「キスミー」食堂から上流へ。この川で1番人が入るところとなるのでしょうか。小澤さんが7’3”/#3+ドライフライで軽快に釣り上がって行くを見ながら、子豚の今日の作戦はプールの「見え見えスレスレヤマメ」を8’0”/#2−3+極小フライ+極細ティペットでじっくりお手合わせ…といった塩梅です。
さて、この見え見えヤマメ君達の居場所ですが、岸寄りのゆったりしたところで、おそらく多くの人が歩いたり立ち込むようなところにいます。近くに人(振り向きたくなるような美人でも!)がいようがフライが流れてこようが全く動じないのですな。
しかし、よーくよーく見ると時々ライズしたり、定位しながらパクリと口を使って(何か食べているのでしょうな)います。さ、そこに極小フライを流し込むようにキャスト&操作を根気よくくり返す、というなんともスローな釣りが始まります。(つづく)
2002-06-05
2002-06-04
持っちゃいけないとは書いてない?
朝の「子豚のしっぽ」です。いまコーヒーを入れているところです。いよいよ世界蹴球杯・ベルギー×日本のキックオフ!楽しみですねー。さらに韓国×ポーランドと午後5時以降はサッカーばかりで「深夜版ニュース23」で余韻に浸る…にわかファンの子豚もむふふな1日になりそうです。
おりもおり—印パで核戦争の可能性がささやかれ、米ロの核兵器廃棄(部分的ではありますが)が話し合われ、有事法・個人情報法が審議中、防衛庁の庁ぐるみブラックリスト作成発覚と「おりもおり」に福田康夫官房長官「憲法上、法理論的に持っちゃいけないとは書いてない」、安倍晋三官房副長官「憲法上は原子爆弾だって問題ではない。小型であれば」との核武装容認ともとれる(?そのものか)発言が出てきましたね。
「真意は(別にあるので)ご説明したい‥」なんて後から言っているけれど「そういうことを(そういうふうに)気軽に言ってもらっちゃうのは困る」という小沢一郎さんの言葉は小泉さんの「話し方」よりずっと「分かりやすい」と私は思いました。
核兵器は「相互確証破壊理論」で「使ったら最後だよ」という脅し合いの理論、つまりは「冷戦」論理の大きな柱であったわけだと思いますが、有事法といい原子爆弾発言といい、どうも「冷戦頭」とでもいうような時代のミスマッチがあるなと私は感じます。
ここでサッカーに目を向けてみますとAグループ・フランス×セネガルのゲームが子豚の印象に残っています。サッカーはボール(という道具が)一つあれば22人が出来るスポーツだといいます。また、お金を積んで得ることの出来ない「Something else」がゲームの流れの鍵を握っているとも。
それをにわかファンらしく「文化」や「社会背景」に置き換えると、それらの優劣ではなくそれぞれの違いを出し合った結果が0−1であった、などと想像して子豚は楽しんだりしています。
サッカーが強い国は必ずしも経済・軍事的には「大国」ではないようです(クラブチームは例外なく多国籍ですから「ナショナル=国家チーム」に限ってのことですが)。また、ソルトレイク冬5輪のような「メダルの偏り方」もないようです。
22人が一つのボールに熱中すること、全力を傾けることの意味は「世界で最も盛んなスポーツ」にとってどのようなものなのか、冷戦終結からはや10数年「分断の時代」から「融合の時代」に、と想像をさらに拡げてみると—
真夏に毛皮のコートを買う(ような核武装、有事法)よりサッカーボールをたくさん買って使ってもらった方がより多くの人々に喜ばれるのではないか、役に立つのではないかなと子豚は思ったりします。
追記:持たないことが強みになる
超大国アメリカより小国カメルーンの方がサッカーでは強い訳を大橋巨泉さんは「有閑悠閑( W杯の成功祈る・2002年05月31日・アサヒコム)」で書いていらっしゃいます。
さて、「持たざる国」日本を本当に恐れているのは誰なのでしょうか。それは案外と、遠くて近しい(と思っている)人々かもしれませんね。(有閑悠閑 http://www.asahi.com/sports/column/kyosen/020531.html)


